2014年8月30日 (土)

EF57 の活躍と保存 その2

戦前の旧型電機EF57のシリーズ、今回は宇都宮駅の東方に位置する駅東公園に保存されている7号機の話題です。

栃木県の自治体は駅東公園という命名を好むのか、小山駅東方にあるC50 123号機が保存されている公園も駅東公園でした。

140321 宇都宮駅東口から歩いて5分ほどのところにある駅東公園 2014/3/21

ここを訪問したのは2014年3月21日で、ダイヤ改正で烏山線に登場したEV-E301系を撮影しに出かけたときでした。

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ちょっと柱が気になりますが、屋根付き、プラットホーム付きの場所にEF57 7号機が保存されています。公園の北東の隅、プールの横の場所でした。

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旅客機特有の2軸の先台車や前方に突出したパンタグラフなど、現役時代のEF57 2号機以降のスタイルが良く保たれています。

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ガラスなども破損がなく、台車は油光りしており、実にきれいに保存されています。

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パンタは両方ともあげられており、逆側のエンドも、サイドも錆の浮き出しもありません。

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この案内板に書かれているように保存会があってきちんと管理されているようです。春と秋には一般公開されるようです。

最後に沖田祐作氏の機関車表から7号機のデータです。

EF577      日立製作所水戸工場=4226         1941-09-30 E110.82t2CC2(1067)
   車歴;1941-09-30 製造→ 納入;国鉄;EF577→ 配属;静岡局→1942-10-23 配置;沼津→
      1951-06-11 浜松→1953-07-27 沼津→1956-08-21 長岡二→
      1960-10-08 借入;宇都宮→1960-11-26 宇都宮→1978-10-09 廃車;宇都宮→
      保存;栃木県宇都宮市「宇都宮駅前」;EF577→
      移管保存;栃木県宇都宮市「駅東公園」;EF577

履歴は前回の記事に記述したものと変わりありませんが、廃車後、最初は宇都宮駅前に保存となっていますが、

保存会のサイトをみると直接、宇都宮機関区から現在の保存場所に移されたようです。保存の際に、トップナンバーと7号機のどちらにするかということでしたが、EF57の形態的特徴を残す7号機が選ばれたそうですね。

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2014年8月22日 (金)

EF57 の活躍と保存 その1

今回と次回の2回に渡って、戦前の名機といわれたEF57の活躍と保存機の様子について触れようと思います。

EF57といえば、国鉄の前身の鉄道省が太平洋戦争前に製造した最後の旅客用電機でした。東海道本線における優等列車牽引を目的に企画した機関車で、戦時体制下ではありましたが、良質な材質・工作によって製造され、当時の優秀機として完成されました。

Ef57_1_124750511_2 父親のミノルタXEを借りて、東北本線蓮田付近で初めて線路際撮影したときの写真 
接近してくる当時未だ残っていた東北本線客車列車に無我夢中でシャッターと切った憶えがあり、あとで牽引機がEF57の1号機と分かりました。 1975/5/11

1号機は1940年10月に登場し、EF5613号機として出場予定でありましたが、新たに開発されたMT38主電動機により定格出力が1350kWから1650kWされたことで新形式を名乗ることとなり、EF57と命名されました。EF56の方式に倣って、パンタグラフは中央よりでした。

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10月の土曜日の午後だったと思いますが、雨の降りしきる中でEF57 3号機が上野駅で入換えをしていました。 1974/10

1941年に2号機以降が登場し、1943年までに15両が日立製作所、川崎重工業・川崎車輛で製造され、2号機以降はパンタグラフ2基を車体両端に寄せたため、イメージが大きく変わりました。

製造当初は沼津機関区に配属され東海道本線の特急・急行列車を中心とした客車列車の牽引に使用されました。1942年に関門トンネルが開通し、EF10形が大里(後の門司)機関区に移動した後は、EF12の補充待ちの間、ワキ1、ワムフ1形高速有蓋貨車で編成された「ワキ列車」の牽引も担当しました。

戦後は後続形式のEF58形がSG装備なしで誕生したので引き続き東海道本線の優等列車牽引など幅広く運用されました。この頃、12号機が追突事故で廃車となりました(1948年11月)。

Ef57_5

上野駅に夜行列車の出発風景を撮影しに出かけた際、地平ホームで単機でいる5号機に偶然遭遇し撮影しました。 1974年頃

1952年、EF58形が大改良を受け、1900kW級、自動暖房ボイラー搭載の流線型機関車として大量増備されると、優等列車牽引の座をEF58形に譲り、普通列車牽引が主任務となりました。
1956年の東海道本線全線電化を前に、コロ軸受けの発熱の問題やSGの不安定性の問題から、超長距離運用に向かないため高崎第二、長岡第二機関区に移動となり、上越線が主任線区となりました。
1960年秋から1961年春
にかけて上越国境の厳しい峠越え任務は後輩のEF58形に任せて、宇都宮運転所に転属し、ここが終生の職場となりました。すでに先輩、EF56もここに集結していました。
最初はSGの自動運転化工事を施工しましたが、交流区間は電気暖房が早くから取り入れられていたため、EF57も電気暖房化することとし、1965年11月の1号機の改造を手始めに順次改造され、1966年3月の3号機をもって全機改造が終了しました。EF56形は引き続きSGとしたため、運用が分離され、小荷物列車専用となりました。

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この写真は再掲ですが、1974年3月「つばさ51号」車内から宇都宮運転所の様子を撮影したもの

運転中の異常振動問題等もあり、運転サイドからは敬遠される様になり、1975年3月の改正で広島、下関で余剰となったEF58形が大量に転属してくるとEF56形がまず廃車となり、EF57形も状態不良車から廃車が始まり、1977年正月の臨時列車牽引で運用を終え、1978年10月までに全機が廃車となりました。

Ef57_1_030601 1号機の動輪はこういった形で宇都宮運転所の構内に保存されています。
2003/6/1の同所の公開の際に撮影しました。

次回は、現在も美しい姿で宇都宮駅東公園に保存されるEF57 7号機を紹介します。

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2012年11月16日 (金)

1974/3 能代、函館へ

私が大学を受験したのは1974年3月のことで、当時はまだ一期校、二期校の時代でした。

確か3月3日が一次試験、その発表が6日にあり、二次試験が8,9日だったと記憶しています。

一次試験の当日は、パリでトルコ航空機墜落事故がありました。そして発表は20日でした。正直、一次試験は時間が勝負のような試験で、終わった後、不安感がありました。二次試験は苦手だった古典の問題が授業で習った内容であったのと、化学で点数を稼げたのが幸いだったように思います。

<トルコ航空DC-10パリ墜落事故>パリのオルリー空港を離陸したトルコ航空981便ダグラスDC-10型機(TC-JAV (cn 46704/29))が貨物室ドアの鍵の不良で高度12000ft(3600m)に達した時に貨物室ドアが吹き飛び、乗客が機外に吸い出され、さらに与圧の関係で客室の床が抜け、尾翼をコントロールするケーブルが破断し、コントロール不能となってエルメノンビルの森に墜落した事故。
1985年の日航ジャンボ機事故以前の単独航空機事故としては最大数の犠牲者(364名)を出す事故。なお、TC-JAVという機体はダグラス社が全日空向けに製造した機体だったそうで、ロッキード事件で全日空はロッキードL-1011(トライスター)を購入することになったため、トルコ航空に破格の条件で販売されたものであったそうです(Wikipediaより)。

この事故の2年前1972年6月12日にデトロイト空港を離陸したアメリカン航空96便(DC-10-10 N103AA (cn 46503/5))がカナダ・オンタリオ州ウインザー上空で貨物室ドアが破損し、緊急着陸した事故"Windsor incident"の教訓:貨物ドアの欠陥にメーカーおよび行政が適切に対処しなかったことが原因とされています。

発表後、入学手続き等を済ませ、3月31日に開かれる健康診断までの間に、秋田県能代市に住む祖父のもとに行って「大学合格を報告してこい」ということになり、1972年夏の萩旅行同様に弟とふたりで行くことにしました。折角、能代まで行くのだから、連絡船で函館まで行ったらというプランも追加され、能代からの帰りに青森まで行き、連絡船で函館往復、夜青森から寝台電車特急「ゆうづる」で東京に戻るという旅程がくまれました。ただ、往路の特急「つばさ1号」は既に満席で、臨時の「つばさ51号」しか確保できず、復路の「ゆうづる5号」のB寝台券は完売されており、グリーン指定席しか残っていないとのことでした。

3月27日朝、定期の181系特急「つばさ1号」が上野駅地平17番線ホームから8:04に出発するのに対して、我々が乗車する臨時「つばさ51号」は同じホームから1時間後の9:04に出発します。

車輌はキハ181系ではなく、1972年~1974年にかけて製造された14系座席車です。牽引する機関車は宇都宮機関区のEF65 1049号機でした。


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EF65 1049(宇)が先頭に付き出発準備する臨時「つばさ51号」8001レ 秋田行き

カメラはハーフサイズのオリンパスPenで、当時よくやったミスがカメラのストラップを写し込んでしまうことでした。

臨時「つばさ51号」の停車駅と時刻を定期のつばさ1号と比較しながら当時の時刻表をもとに示します。

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定期と臨時では上野出発の際の時間差は1時間ですが、客車での運行のため、機関車交換(黒磯、福島、山形)での時間的ロスもあり、秋田到着時点では2時間23分の差に拡がっています。

鉄道ファンとしてはこの機関車交換が大きなイベントでした。


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宇都宮機関区で休むEF57, EF15, EF65PF

これまでにも東北本線の旅は数回経験していましたが、列車が宇都宮駅にさしかかったところで見える機関区の風景は「東北本線のヌシたちのたまり場」といった感じでワクワクしたものでした。つばさ51号の場合、宇都宮には停車せずに黒磯を目指しました。14_740327_3
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黒磯での機関車交換

黒磯での最初の機関車交換でEF65が切り離され、ED75 125号機が連結されました。

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福島での機関車交換

続いて福島では板谷峠用にEF71 7が連結されました。
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山形で切り離されるEF71 7


山形から先は非電化区間であったためにDD51牽引となりました。

14系客車の印象ですが、1972.7にデビューした183系電車と同じように簡易リクライニングシートが装備された客室でした。ただ、この簡易リクライニングシートは倒した状態でロックされず常に体重をかけていないといけないシステムでしたので、かなり疲れたのが正直な感想でした。


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かつての東能代機関区の様子とED75 702号機

東能代駅のヤードはかつての東能代機関区を偲ばせる広大なもので、その当時の様子は
http://d51791.com/index.html のサイトに写真付きで詳述されています。


Ed75_702_740328_1
逆方向からみた当時の東能代駅


ED75の横のDCは五能線の列車、対向式ホーム部分が奥羽本線

1971年高校1年の夏に能代を訪問した際にはまだ電化されておらず、C61やD51,8620などが活躍する姿を見ていたのですが、写真には収めていませんでした。


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当時の奥羽本線の旅客列車 

まだ50系客車は投入されておらずED75 700番台の牽引する客車列車がメインでした。

能代では東能代まで五能線で出て、東能代から二ツ井まで奥羽本線の列車で行き、先祖代々の墓参りをしましたが、なにせ前回来たときの記憶がないのと、同じ姓の墓石ばっかりで後で聞いたら別の家の墓にお参りしていたとのことでした。


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藤琴川と奥羽本線橋梁 きみまち坂から

写真は1980.8に撮影したものですが、奥羽本線が単線の時代は左側の道路の橋梁が鉄道の橋で、電化・複線化の際に線路を移設して、橋を掛け替え、トンネルも新しく掘ったそうです。菩提寺はちょうど線路が左に曲がって行くカーブの内側にありましたが、1990年代の国道7号バイパス工事で、あらたな橋がこのふたつの橋の間に架かり、寺は正面右手の山の麓に移転しました。
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青森を出航して津軽海峡に出たあたりで甲板から写した津軽海峡の様子

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乗船した「大雪丸」の船内案内図

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当時の函館駅の駅舎

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函館駅の特徴的なカーブしたホーム

ホームに入っていた気動車は江差線のキハ24でしょうか。

<キハ24形について>
酷寒地向け1機関搭載の両運転台車で、1967年(昭和42年)4月に10両のみが日本車輌製造で製造された。新製当初は1 - 4、9、10が函館機関区(函ハコ)、5 - 8が郡山機関区(仙コリ)に配置され、会津若松機関区で使われたが、全車が2年以内に北海道へ移動し、5、6が旭川機関区(旭アサ)、7、8が釧路機関区(釧クシ)に転属した。函館では「松前」、「せたな」、「えさし」、釧路では「ノサップ」などの急行列車にも、キハ22形に伍して使用された。全車がJR北海道に承継され、1 - 4、9、10は函館を一度も離れず、10が1992年 (平成4年)、その他は1995年(平成7年)に、5 - 8は民営化後に苫小牧運転所(札トマ)へ転属となり、1994年に廃車となった。(Wikipediaより)
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函館市電の函館駅前停留所

人生で初めての渡道であり、しかも滞在時間僅か数時間でしたが、函館の観光名所を大急ぎで回った憶えがあります。

北海道とは大学入学後1年と2年の夏休みに教養学部化学部の実験旅行で2週間ほど滞在する機会があり、さらに同じ年の秋休みにも高校時代の友人と男3人の旅をしており、1974,1975年の2年間はなんと4回も渡道することになりました。

その頃は、函館本線山線のC62 2ニセコ号は終わっていましたが、室蘭本線でC57貴婦人の牽く旅客列車が最後の活躍をしている頃で、夏休みの実験旅行の後で登別や追分でC57,D51,9600などを撮る機会に恵まれました。また、道内発の特急電車としてデビューした485系1500番台「いしかり」の姿も捉えることができました。

能代との関係は1978年に祖母が他界し、開業医だった祖父が能代で医院を続けていたため、両親が1978年以降、正月、春休み、夏休みと最低年3回は能代に行くことになり、私も1978年には運転免許を取得した関係で往復のドライバーとして能代に行くことになりました。奥羽北線は寝台特急、昼行特急のルートでもあり、1978年から祖父が他界する1989年まで、この辺での列車撮影の機会に恵まれました。

因みに今回の函館渡道の後は、往きに較べてかなり荒れた津軽海峡を渡り、青森から583系のサロ581の旅を経験することになりました。当然のことながら、車輌断面が大きいため天井が高く感じ、走行していてもゆったりした感がありました。しかし、無理をするものではないもので、帰京した翌日、大学入学のための健康診断において、検査値に異常が出て、体育の授業が半年間、病人扱いになってしまいました(笑)。

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