2013年6月14日 (金)

1975年 新潟の旅 11 189系 特急「そよかぜ」

189系が投入された列車、今回は上野~中軽井沢間の季節列車として活躍した特急「そよかぜ」です。

189
上野駅に入線した189系 特急「そよかぜ」

まずはその登場からの歴史を見てみます。

1968年7月20日:東京駅 - 中軽井沢駅間で季節特急「そよかぜ」が運転開始。 季節特急の「そよかぜ」には当初、運行前年にあたる1967年に横軽対策を施行した157系電車が使用されました。

1975年10月1日:「あさま」が189系化されたことで、この後の「そよかぜ」も189系が担当。

←上野
TcM'MM'MTsTsM'MTc×7 所要5(臨時+1) 189系
あさま(5)(臨時+1)、そよかぜ(2)
 長野18472153上野‥尾久
 尾久‥上野8341133長野12451553上野16342051直江津
 直江津7301152上野12341436中軽井沢18432055上野‥尾久
 尾久‥上野634839中軽井沢10451253上野13341633長野
 長野645950上野10341333長野15471855上野19342235長野
 長野14461752上野20302342長野

Tc×2

189_790929_ret
1978年10月改正後、HMは絵入りタイプに 上野駅での先輩181系「とき」とのツーショット

1978年10月2日:「そよかぜ」2往復のうち1往復が上田行きとして延長運転する日が設定されました。上田駅発着としては最初で最後の特急となりました。

←上野、東京
TcM'MM'MTsTsM'MM'MTc×12 所要10(臨時+2) 189系
あさま(8)(臨時+2)、そよかぜ(2)(臨時+1)、あずさ(5)
 長野19382300上野‥尾久
 尾久‥上野8161132長野12381600上野16462135直江津
 直江津7241200上野13461659長野18382200上野
 上野7161029長野11381500上野15461859長野
 長野7391100上野11461459長野16382000上野‥尾久
 尾久‥上野646906中軽井沢11001330上野14161635中軽井沢18042030上野‥尾久
 尾久‥上野9461259長野15381900上野19462259長野
 長野‥松本9551333新宿14001738松本18162145新宿‥三鷹
 三鷹‥新宿6401021松本11001433新宿15001839松本19222255新宿‥三鷹
 三鷹‥新宿9001246松本13401713新宿18002146松本‥長野
 上野10161237中軽井沢1307上田1434中軽井沢15051730上野/上野10161336長野14381800上野
 長野15001830上野20162343長野

Tc×2

1984年7月:横須賀線逗子駅 - 軽井沢駅間を運行する臨時特急列車として、「サロンエクスプレスそよかぜ」が運転されました。 この列車は従前の「グリーン軽井沢」を摸したもので、使用車両としては旧特別二等車群から、改造ながら新車然のジョイフルトレインである「サロンエクスプレス東京」を用いたことが特筆されました。
Ef62_40

EF62 40に牽引され、碓氷峠を登ってきた「サロンエクスプレスそよかぜ」 

1985年3月のダイヤ改正からは2013年1月25日の記事でも紹介しましたように489系9連による「そよかぜ」も運行されました。

1987年8月:「サロンエクスプレスそよかぜ」が廃止。

1997年:「そよかぜ」の運行区間が上野駅 - 上田駅間に変更。
189_3
こちらは兄弟分、183系1000番台「とき」とのツーショット

8月18日:「そよかぜ」が廃止。この後、長野新幹線開業まで運行が設定されることはなく、実質的にこの日が廃止日となりました。

Wikipedia の記事、「183系の動き 配置および編成・運用の移り変わり 長野」のデータを参考に纏めました。

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2013年5月12日 (日)

1975年 新潟の旅 4 EF62形電気機関車 3 山を降りた山男たち

信越本線の本務機としてEF63とともに頑張っていたEF62形電気機関車にも転機が訪れました。

信越線、碓氷峠経由の貨物列車の廃止

碓氷峠越えは、粘着運転への切り替えが行われても相変わらず信越本線最大のボトルネックであり、貨物列車重量は400tに制限され、横川や軽井沢では編成の組み替えが必要なほどでした。このため、関東・北陸間の貨物列車については、非効率な信越本線経由が避けられ、遠回りだが緩勾配で格段に輸送条件の良い上越線経由ルートが一般化しました。
Ef62_32_000000
信越本線経由の急行「越前」を牽引して上野で出発準備するEF62 32号機 同列車は20:51に上野を出発し、信越本線経由で福井に7:12に到着するダイヤでした。

1984年2月のダイヤ改正では対長野県向けの貨物列車も中央本線・篠ノ井線経由に統一されることとなり、碓氷峠越え区間を含む信越本線安中 - 小諸間の貨物輸送は廃止されました。碓氷峠通過がなければ、信越本線での貨物列車牽引にはEF65形やEF64形などの一般的な構造で速度も高い機関車を用いることができるため、特殊機のEF62は余剰化しました。

Ef62_23
上野発のイベント列車を牽引する23号機

EF58に代わって荷物列車の牽引に

1980年代前半、東海道・山陽本線で荷物列車牽引に運用されていたEF58形は老朽化が進み故障も多発し、代替機関車が必要となっていました。

荷物列車は乗務員用の暖房熱源供給が必要で、暖房用ボイラーか電気暖房用交流電源を必要としました。当時の国鉄直流機関車では、SG搭載のEF61形は絶対数が不足する上に駆動系統のトラブルも多く、東海道・山陽線主力車のEF65形は暖房供給装置を搭載していないため冬期の運用に難がありました。一部に電気暖房電源搭載車のあるEF64形は運用線区の関係から転用できる余剰車がありませんでした。

当時の国鉄の財政状況では新造機関車などおよびもつかず、EF81形の進出で多数が休車となっていた交流機EF70形を直流化改造し代替車に充てる計画も浮上しましたが、碓氷峠での貨物列車廃止に伴い、電気暖房用電源を搭載した本形式に余剰車が発生することが判明したため、費用節約の観点から転用されることになりました。

この結果、1984年4・13 - 34・36 - 38の計26両が下関運転所(現・下関総合車両所運用検修センター)に転属し、汐留 - 下関間の荷物列車運用に投入されました。この際、荷物車の入換を行う際に邪魔になる電気暖房用KE3形ジャンパ連結器の移設などの小改造が行われました。

Ef62_30841205
京都駅に到着したEF62牽引の小荷物列車 1984/12/5 暖房が電暖方式に替わり、SGの煙も見られなくなりました。

しかし、本形式は諸元上の最高速度こそ100km/hですが、現実には山岳路線での牽引力重視設計で、定格速度が39.0km/hに設定された低速機であり、平坦区間主体の東海道・山陽本線汐留 - 下関間1,000km超の長距離で連続高速運転を行うことは、本来想定外でした。

この性能特性で、従来、定格速度68.0km/hの高速機関車EF58形で運行していたダイヤを代替するのは無理があり、過負荷を強いられた荷物列車牽引充当機は主電動機フラッシュオーバーなどの故障が続発、暖房供給装置類を持たないEF65形を代走させる事態にまで陥りました。
Ef62_54_050816
碓氷鉄道文化村に保存されているラストナンバー54号機  2005/8/16

この不適合問題に歯車比変更や車両置き換えなどの抜本的対策がなされることもなく、転用からわずか3年も経過しない1986年11月のダイヤ改正で国鉄の荷物列車自体が廃止されることになったため、東海道・山陽本線に転じた本形式は余剰となり、1987年4月の国鉄分割民営化までにすべて廃車されました。また、篠ノ井機関区に所属する本形式も同時期に廃車となっています。

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2013年5月11日 (土)

1975年 新潟の旅 4 EF62形電気機関車 2 碓氷峠とEF62

柏崎で偶然、遭遇したことからEF62の話題に入りましたが、EF62といえば碓氷峠を含む信越線直通用に開発された機関車です。

Ef62_8_810412
横川付近の国道18号併走区間を行くEF62 8牽引貨物列車 1981/4/12

BSフジで放映された鉄道伝説でも紹介されていましたが、信越本線横川 - 軽井沢間の碓氷峠区間は、最大66.7‰という急勾配を控える難所でした。官設鉄道として開業した明治時代から、補助レール(ラックレール)に機関車の歯車を噛み合わせて昇降するアプト式が採用されていました。このため同区間はいち早く電化され、1912年には電気機関車が導入されましたが、長らく単線のまま過密ダイヤを強いられてきました。

1960年代初頭の時点で、アプト式電気機関車ED42形1933年 - 1947年製造)が活躍していましたが、アプト式の制約で1両僅か510kWの低出力だったED42形を合計4両連ねても、通過できる列車の重量は360t止まりであり、極めて速度が遅いために単線の過密ダイヤの中でこれ以上の増発は困難でした。
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碓氷峠鉄道文化村で保存中のED42 1号機 2005/8/16
小さい頃、親に買って貰った鉄道模型(Oゲージ)の機関車がこのED42でした。

日本が経済成長して行くうえで、東京と長野県東信・北信を結ぶメインルートである信越本線の輸送力不足は非常に深刻な問題になっていました。

粘着運転への移行

国鉄本社は1956年高崎鉄道管理局が出した「碓氷白書」、(内容は碓氷峠区間が輸送のボトルネックとなっており、アプト式鉄道の施設旧式化・老朽化も著しい実態が指摘され、アプト式の解消や複線化などの抜本的な対策が早急に必要であることを訴えたものでした。)に対応し、翌1957年から同区間の改良策検討に取りかかり以下の2案の比較検討を行いました。

急勾配の現在線に並行した「腹付け線増」で複線化
緩勾配 (25‰) の迂回線建設

結果は費用や工事期間の制約から現在線案が選択され、アプト式を廃止して通常レールの摩擦力のみによって走行する「粘着運転」化の上で牽引機関車を前後の区間から直通させる方針を計画しました。

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横川機関区で休むEF62 21号機 第1次量産形 
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同じく横川機関区にて EF62 32号機 こちらは第2次量産形

このため碓氷峠区間を除いて非電化だった信越本線は、1962年に高崎 - 横川間、続いて1963年には軽井沢 - 長野間の電化が行われました。碓氷峠の電化方式も第三軌条方式600Vから通常の架空電車線方式1,500Vに変更することになりました。
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軽井沢で僚友 EF63と休む EF62 18号機 

粘着運転化にあたり、特殊装備を多数搭載したEF63形が開発されましたが、同形式はあくまでも碓氷峠区間専用の補助機関車で牽引力・ブレーキ力に重点を置いた特殊形式であり、信越本線の前後区間を直通できる本務機関車として開発されたのがEF62形です。碓氷峠ではEF63形の補助を受けて通過することを前提とした上で、降坂時にはEF63形と直接連結されて協調運転を可能な構造としました。

開発は1960年から開始され、1962年5月にEF62形ならびにEF63形各1両の先行試作車が完成しました。

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同じく碓氷峠鉄道文化村に保存されるEF62 1号機 登場時の茶色塗装で 2005/8/16

碓氷峠通過用の機構的特徴

主抵抗器は、66.7‰もの急勾配における起動抵抗や制動中の負荷抵抗が膨大なものであることから、冷却効果の高い専用のものを開発しています。さらに、強制通風式とすることで小型化を図っています。

重連運転時の総括制御ならびにEF63形との協調運転に対応するため先行試作車ならびに1次量産車ではKE63形、2次量産車ではKE77A形のジャンパ連結器2基ならびに元空気ダメ管・釣り合い管を装備しました。

MT52系直流直巻電動機 (425kW) 、歯車比1:4.44としたスペックは、協調運転を考慮した結果、EF63形と共通となりましたが、両形式は重量と機器類の差によって全く異なった性能の機関車となりました。

軸重移動補償

EF63の特殊な台車構造による機械的軸重移動補償に対して、EF62では電気的軸重移動補償が採用されました。

力行中の軸重のアンバランスによる空転の発生を抑えるために、進行方向前方から見て
第1軸・第4軸:61%
第2軸・第5軸:78%
第3軸・第6軸:100%

となるように電流を制限しているそうです。

Ef62_40
サロンエクスプレス東京を牽引して碓氷峠を登って来たEF62 40号機

ちょうど、この記事を書いていて1975年10月28日に碓氷峠で回送中だったEF62 2両(12号機と35号機) EF63 2両(5号機と9号機)の暴走・脱線・転落事故が起きていたことを思い出しました。事故のことは当時、ニュースで知り、急勾配の恐ろしさをまじまじと実感させる事故でした。

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2013年5月10日 (金)

1975年 新潟の旅 4 EF62形電気機関車 1 柏崎にて

1975年11月3日、3連休の中日は自由行動で、水上から、長岡、柏崎へと向かいました。

柏崎で撮影している写真と、手元にある当時の時刻表(1974.12版)から推察するところ、水上8:14発の721Mで長岡(10:19着)まで行き。長岡からは10:52発の1330Mで柏崎(11:39着)に向かったものと思われます。上越線721Mは高崎発7:10で、長岡から引き続き437Mとして新潟(12:26着)まで運転される長距離普通電車でした。

あれから38年経ちますが、現在の上越線でも高崎7:10の723Mは水上に8:13に到着し、水上8:24発の1731Mに乗れば長岡に10:18に到着します。長岡から10:35発の435M に乗れば新潟には11:53に到着します。一方、宮内で10:24発の直江津行き1334Mに乗れば、柏崎に11:04に到着します。38年の経過でスピードアップはされているものの、普通列車の基本的なスジが同じなのには驚かされます。

柏崎駅では、1330Mを追い抜く11:45着の下り特急「はくたか」(3001M)とを撮影していました。同年3月のダイヤ改正で0番台クハの485系は鹿カコに転属しており、大ムコの485系クハの大半は-100番台でしたが、関東で大ムコの485系を見ることができる貴重な列車でした。

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さらに13:43発の下り特急「北越2号」も写していました。

485_481100_751102

どちらも2013/1/26の記事 と 2013/1/23の記事 でそれぞれ掲載済みの写真ですが、柏崎のホームの様子が分かります。

また、特急「北越2号」の後ろには今回のテーマであるEF62の姿も見えます。

実はここまで書いていたところで、手元にあった1975年交友社発行の「電気機関車 快走」の中に各線のダイヤグラムのページがあり、信越本線のページに当時の長岡~柏崎間の乗車列車が赤で示されていました。その結果、1330Mで柏崎にやってきて、1335Mで長岡に戻ったことが確認できました。なにせ、40年近く経つと記憶もだいぶ怪しくなってきます。

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1975.3.10改正の信越本線の当時のダイヤグラム 交友社発行の電気機関車 快走から

<EF62形について>

信越本線の碓氷峠越え区間に直通する列車の牽引用に開発され、1962年に先行試作車の1が完成し、その後1963年から1969年にかけて量産車53両の合計54両が製造されました。

重連運転も考慮した結果F級の新系列電気機関車としては初めての貫通式運転台を採用しました。運転台窓はパノラミックウィンドウであり、先行するEF60形・EF61形同様にやや傾斜していますが、正面貫通扉を垂直に配置する関係で、幕板が庇状にやや突き出した体裁であり、窓回りに凹みが生じています。運転席正面ガラスにはデフロスタが取り付けられ、幕板両側に2灯のシールドビーム式前照灯が設置されました。

軽量化のため、側梁を強化することで中梁を廃止し、側面裾部が車体両端部分より一段下がった形態です。塗色は当初、茶色(ぶどう色2号)一色でしたが、のち青15号を基調に前面腰部をクリーム1号とする直流機標準塗色となりました。

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信越本線の下り8583レ貨物列車を牽引中、特急待避のためなどで柏崎で休憩するEF62 47号機         1975/11/3 柏崎

機器、走行性能

通常運用される全動軸のF形機関車は軸重16t・総重量96t以内に制約されています。EF62の開発においても、各種粘着試験の結果から総重量を92tとすることを目標としたため、各部分の軽量化に特段の配慮がなされました。

機器は協調運転を考慮し、EF63と共通のものとなっています。電動カム軸制御の自動進段式抵抗制御器 (CS16) による抵抗制御方式でバーニア制御器 (CS17) も装備しました。ノッチを細分化することでトルク変動を小さくし、空転防止に寄与しています。また下り坂での安定したブレーキ力確保のため発電ブレーキも装備しました。また、転換制御器も電動カム軸制御方式 (CS18) となっています。

唯一の3軸台車

国鉄の1960年代以降の電気機関車としては異例な3軸ボギー台車 (DT124) を採用し、Co - Co軸配置としました。これはトータルの重量の点で3軸台車にする方が軽量に仕上がったためだそうですが、中間軸の横圧が大きく、曲線部で軌道への負担が大きくなる弊害が出たため、横圧を軽減させるために輪軸を6 - 25mm横動できるようになっていました。

DT124形台車は、通常のセンターピンでは台車回転中心にある第2軸と干渉するという構造的な問題をクリアするため、台車回転中心部分の車体両側に設けられた車体足と台車を結ぶ引張棒ならびに台車第1軸と第2軸との間に置かれたリンク機構によって台車の回転許容と位置決めを行う仮想心皿方式を採用しています。また、牽引力については、この引張棒と車体足を介して台車から車体に伝えられています。

Ef62_47_751103_2
EF62に逢ったのはこのときが最初だったと思います。中学生の頃、「世界の鉄道'69」(朝日新聞社刊:年刊で69年版の特集は日本の電気機関車)でEF62がC-Cの軸配置であることは承知していました。特徴的なC型台車の写真も撮影しておりました。

電動発電機

出力320kVAの電動発電機 (MG) を搭載し、これによって客車の電気暖房を可能としました。MGの電源は、直流1,500Vを単相交流1,440Vに変換して用いています。直流用電気機関車で交流電源式の電気暖房仕様となったのはEF62が最初だそうです。これもまた軽量化に伴う重量制限を理由とした措置でした。なお同時に碓氷峠を通過する旧形客車についても原則電気暖房追設の工事が施工されました。

FRPの多用

屋根全域にわたってさらなる軽量化のためFRPが採用されています。また、成型色を明灰色として外光を透過させ、代わりに明かり窓の省略を狙ったともいわれます。一方、FRP製の屋根板では重量物であるパンタグラフを支えることができないため、左右の側板の間を鋼製の梁でつなぎ、その梁にパンタグラフを搭載する構造としていました。

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EF62 47号機牽引の8583レ貨物列車 1975/11/3 柏崎駅東方の跨線橋から

この写真からEF62の特徴的な屋根の構造、パンタグラフの設置の様子が分かります。

EF62の形態について詳しく研究されているサイト を拝見するとこの47号機の写真からもいろいろなことが分かります。まず、47号機は29号機以降の第2次形であること。円板省略式の内ばめ大型テールライトタイプですね。配置クハ篠ノ井機関区です。助手席側水切り延長はなされており、デフロスターもしっかり付いています。スノウプラウのステップは網状です。

次回以降、EF62の柏崎以外での写真を紹介致します。

以上、Wikipediaの記事を参考に纏めました。

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