2018年9月 3日 (月)

速報版 信州公園保存車両巡りの旅 その3 

信州公園保存車両巡りの旅、最終日は長野から篠ノ井でしなの鉄道に入り、沿線の保存車両や上田から出ている上田電鉄線乗車を楽しみ、軽井沢まで、軽井沢から18号線碓氷バイパスを通る横川行きのJRバスで横川へ、、高崎、大宮、赤羽、新宿経由で帰りました。

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2018/9/2 坂城

長野発524の2612Mで坂城へ。駅北側の線路に169系の3連、クハ169-27とM'Mc-1が静態保存されています。

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続いては坂城と次のテクノ坂城のほぼ中間にD51245号機が保存されています。

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国道18号が線路に沿って走っており、スマホのマップを頼りに、ほぼ半分くらい来たところで逆木(さかさぎ)というT字路があり、ここかなと思って左に入り、しばらく坂道を上ると坂城町武道館があり、その裏手のわんぱく広場に保存されていました。ヘッドライトが欠なのが残念でした。

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テクノさかき駅、聞き慣れない駅だなと思いましたが開業は1999年4月1日でしなの鉄道の最初の新駅として開業した駅なんですね。名前が示すとおり、工業団地に近い駅で金井中之条工業団地がそばにあり、工場群が広がっているそうです。

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1619Mとしてやって来た下り列車はS2編成で2018年12月まで走る「沿線キャラクター大集合ラッピング」編成でした。

続いて上田では長野までノンストップの快速が運行されており、

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編成は二代目長野色のS15編成でした。

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上田駅のしなの鉄道、上田電鉄の入口はまるで銭湯に入るようなこの暖簾が架かったスタイルです。ここで「軽井沢・別所温泉フリー切符\1850」を購入しました。上田電鉄線としなの鉄道(上田~軽井沢間)が1日フリー乗降区間になります。

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入線していたのは東急1000系の中間車改造のデハ6001-クハ6101でした。

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別所温泉線のほぼ中間の下之郷駅には車庫があり、かつてここからは西丸子線が出ていましたが、大雨の災害復旧が敵わず廃線となりました。

Dsc07598 下之郷の車庫で休む1001編成 

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さらにこの奥に元東急デハ5202ステンレスカー(上田電鉄デハ電装解除されクハ5251)が倉庫として使用されていますが、特徴的な前頭部にはカバーが架けられていました。

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終点の別所温泉、信州の鎌倉とも言われているようですが、駅には丸窓電車で有名なモハ5250が保管されておりました。以前、1990年代にも車で来た憶えがあります。

上田に引き返し、小諸へ

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115系S3の湘南色がいました。

懐古園もかつて1980年代に来ていますので今回はパスし、

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同園駐車場に保存されているC56144号機を見学。この機関車もライトが欠でした。

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続いて、御代田駅からあるいて5分ほどの場所に保存されているD51787号機を見学。
戦時設計の1000番台ではありませんが、カマボコ型のドームでした。なかなか手入れが行き届いた機関車で、

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公開日も決まっていました。

最後は軽井沢駅、ちょうど「ろくもん」の運転日のため旧軽井沢駅舎記念館は入場できませんでしたが、ホームにはEF632,EC401(10000)、モーターカーとマルタイが駐めてありました。

Dsc05983 クモハ169-6は森の小リスキッズステーション用に黄色に塗装されていました。

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軽井沢に鉄道で来たのも1980年代以来かも(通過は昨年10月にしましたが)知れませんが、以前は何も無かった駅の南側が大きく開発されアウトレットのようなものが出来ているのは初めて知りました。

流石に避暑地だけあり、このときは小雨が降る天気で寒く感じました。

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軽井沢から横川まではJRバス関東の路線バスで碓氷峠を下り、信州を後にしました。

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2013年8月 3日 (土)

1975年 新潟の旅 23 碓氷峠の補機 EF63 その4

EF63形電気機関車、今回は第三次車です。

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169系を推進して、熊の平を通過する24号機重連

番号    メーカー     予算           製造年   廃車

22, 23             昭和49年度第1次債務  1974年   

     川崎重工業                                                        1997年
     富士電機         

24, 25           昭和50年度第2次債務    1976年

1974年と1976年に増備されたグループです。

形態的にはナンバープレートがブロック式に、尾灯が外ハメ式に変更されました。これは同時期に製造された電気機関車、例えばEF65形1000番台ED76形EF81形でも見られた変化です。
水切り形状も再度変更されました。碓氷峠を通過する気動車運用は無くなったため、気動車用ジャンパ連結器は未装備となりました。
24・25は、1975年5・9が脱線大破事故で廃車となったため、補充代替として1976年に急遽製造された。22・23の主電動機送風機は20と同じ試作型送風機、24・25は21と同じ音域の低い送風機が装備されていました。

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尾灯の形がそれまでと異なる24号機 189系特急「あさま」のエスコート仕業に

<信越線軽井沢 - 横川間回送機関車脱線転落事故>

上り線で、単行機関車列車(回送列車)列車番号単5462列車(4両編成、EF63 5, 9+EF62 12, 35)が下り勾配でブレーキが利かなくなり、スピードが超過したため、脱線転落した事故。乗務員3名が重軽傷を負いました。

事故がおきたのは、1975年10月28日の午前6時16分ごろです。信越線上り線第一トンネル内で暴走し、出口付近で脱線した後、転覆・転落しました。

この区間は、最大66.7‰R350の急勾配、右カーブのため、下り勾配を走行するEF63は、抑速ブレーキを作動させながら、列車が過速度で暴走しないように下りて来ます。最高速度は旅客列車40km/h, 貨物列車25km/hに制限されており、機関車の回送列車である当該列車は貨物列車と同じ扱いで25km/hの制限によって走ることになっていました。ところが何らかの原因でこの過速度検知装置 (OSR) が正常に作動しなかったものと見られ(機関士が誤って旅客列車側にスイッチを入れていたとの説もあります)、制限速度を大幅に超過して坂を下り、トンネル内壁に傷をつけるなど暴走した後に脱線・転覆しました。

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489系上り特急「白山1号」をエスコートして熊の平のトンネルから出てきた25号機他重連

この事故の際、機関士は最終手段である電機子短絡スイッチによるブレーキも使用していましたが、それでも下り坂で暴走する列車を止めることはできなかったとのことです。急勾配の恐ろしさを関係者に知らしめた事故でありました。
この事故により、EF63全車両に設置されている過速度検知装置 (OSR) をより強固なものに変更する検討がなされましたが、過密ダイヤをさばくには横川駅付近の緩勾配区間を速やかに通過することが求められました(この付近ではOSRを切って運転される)ため、強制的な速度制限機能の付加は見送られました。

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引退後も短距離走行ではあるものの動いている25号機 2005/8/16 碓氷峠鉄道文化村

ちょうど、私が1975年11月の水上、柏崎方面の旅行に出かける、一週間前の出来事でした。

1970年代から80年代にかけての碓氷峠での撮影は両親が遺した北軽井沢にある別荘への往復で立ち寄った際に撮影したものですが、両親の没後、行くことも殆どなくまた碓氷峠自身が廃線となった今日ではますます足が遠のいてしまいました。

碓氷峠鉄道文化村や地元自治体に碓氷峠の鉄道復活の動きがあるというニュースも聞いていますが、観光鉄道として復活できれば嬉しいものの、そこにいたる道のりは結構険しいのかなとも感じます。

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2013年8月 2日 (金)

1975年 新潟の旅 23 碓氷峠の補機 EF63 その3

EF63形、今回は第二次車です。

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麓側に14号機繫いだEF63重連

番号   メーカー      予算            製造初年     廃車

14 - 17 東芝       昭和40年度第2次民有       1966年    1986年(14・余剰廃車)
                                                                           1997年
     
      
18, 19 川崎車両
     川崎電機   昭和41年度第2次債務       1967年     1997年            

20, 21   川崎重工業  昭和43年度第4次債務       1967年    1997年
      富士電機

14号機から21号機までで、1966~67年に製造されたグループです。

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上記の重連がEF62が本務機を務めるサロンエクスプレス「そよかぜ」と3重連を構成して碓氷峠を下る

外観上の最大の変化は尾灯で先行試作車・1次形と異なり外周に赤色円板を装備しない形状へ変更されました。

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EF63 16+6の重連が189系特急「あさま」をエスコートして碓氷峠を下る 熊の平

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こちらは19号機他の重連にエスコートされた489系特急「白山」

運転台上の水切り形状、屋根上の避雷器の位置が中間に統一されました。車体塗色も当初から「青15号(青色)」と「クリーム1号(クリーム色)」の塗り分けになりましたが、14・15の落成時はクリーム色の塗装範囲が若干他機と異なっていたそうです。 16以降は非常用蓄電池搬入口上部に製造当初から水切りを追加、20・21では主電動機送風機が変更され低騒音化が図られました。

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20号機 熊の平

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21号機 軽井沢

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2013年8月 1日 (木)

1975年 新潟の旅 23 碓氷峠の補機 EF63 その2

碓氷峠専用の補機EF63形、今回は第一次車について、見てゆこうと思います。

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169系急行の姿も見えますが、2号機の重連 軽井沢

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         横川駅側に展示されている3号機の動輪

2号機から13号機が該当し、1963年に製造されたグループです。

番号       予算     メーカー    製造初年      廃車 

2 - 6    昭和37年度民有  東芝                  1975年(5・事故廃車)
                                       1997年
                           1963年

7 - 13   昭和37年度債務 新三菱重工業
                   三菱電機              1975年(9・事故廃車)
                                       1997年

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EF63 6 重連

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6号機を含む重連が189系特急「あさま」を従えて碓氷峠を下る 熊の平

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7号機の重連 連結器周辺の厳めしさがよく分かります。 軽井沢

形態的特徴は前面窓のワイパーの形状が変更されたことと、運転台窓上にツララ切りを追加装備し、スカート形状は四角形となりました。また先行試作車の運用実績に基づき速度検知用遊輪の設計と装備位置が変更となり(中間台車の内側に装備)、側面に設けられた非常用蓄電池搬入口の位置も変更され、大型化されました。本グループまでが「ぶどう色2号(茶色)」で落成しました。

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EF63台車に装備された速度検出用の遊輪 2005/8/16 横川

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8号機の重連 軽井沢

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廃車後も碓氷峠文化村で庫内に展示されている10号機 2005/8/16

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2005年頃は横川駅にEF63 11, 12 189系あさま色の編成(クハ189-505)などが停められていました。 2005/8/16

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このロット最終番号となった13号機の重連

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13号機はカットモデルとなって大宮車両センター内に展示されています。 2005/5/28

写真の撮影年代が不明で恐縮ですが、晩年装備されたアンテナがないことから、1970年代後半から、80年代初期であることは確かです。いずれ分かったら追記する予定です。

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2013年7月31日 (水)

1975年 新潟の旅 23 碓氷峠の補機 EF63 その1 

5月5日から続けて参りました「1975年 新潟の旅」シリーズ、最後のトピックは碓氷峠の補機EF63です。

2013年5月11日の記事で書きましたように、1963年の碓氷新線の開通に向けてEF62EF63の試作機が用意され、試運転に投入されました。

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軽井沢方に1号機を繫いだEF63の重連 軽井沢

主電動機はEF70形交流電気機関車に続きMT52形直流直巻電動機が直流電気機関車として初搭載されました。制御方式は従来の単位スイッチ方式に代わる電動カム軸方式のCS16形自動進段式抵抗制御器とCS17形バーニア制御器が搭載されました。ノッチを細分化することでトルク変動を小さくし、空転防止に貢献させ、他にCS18形電動カム軸式転換制御器も搭載されました。

台車はEF62形の3軸ボギー台車(軸配置Co - Co)と異なり2軸ボギー台車(軸配置Bo - Bo - Bo)としましたが、電磁吸着ブレーキなどの特殊装置を持つことから本形式専用設計としました。DT125形両端用台車は国鉄ED72形電気機関車のDT119A形をベースとした逆ハリンク機構を採用。DT126形中間用台車もDT125形同様の機能を備えていますが、正確な速度検知用に直径115mmの遊輪を装備しました。

急勾配を通過する列車の補助という運転特性上、安全性の確保や通常は行わない電車との連結運転を行うために数多くの特殊装備があります。これらの装備品のため運転整備重量は、EF60形以降の新性能直流電気機関車では最大となる108tとされました。また軽井沢方台車の軸重も国鉄車両としては最大の19tとなりました。ちなみに勾配上での軸重移動を考慮したため中間台車は18t、横川方台車は17tとアンバランスな構造を採用しました。

<急勾配運転に備えた各種保安装置>

抑速ブレーキ

主電動機の電流が抵抗器に流れ発電ブレーキとなるため屋根上にある抵抗器から熱が発生します。急勾配区間の抑速ブレーキとして電機子転換方式の発電ブレーキを装備している。急勾配区間で発電ブレーキを使用すると、抵抗器から大量の熱を発するため、側面の通風フィルターが他の機関車より大きいのが特徴です。その後、電機子転換方式による発電ブレーキはEF64形にも採用されました。

電磁吸着ブレーキ(レールブレーキ)

急勾配上で停車する際、電磁石をレールに接触させ、電気を流すことにより、磁力による強い力で機関車を停止させる。このブレーキは自動車で用いられている駐車用ブレーキのような物であり、通常の減速用には用いられません。

空気ブレーキ装置

空気ブレーキ装置はEF58形EF60形などの多くの機関車に搭載実績のあるEL14AS形自動空気ブレーキ装置を採用しました。本線上で停電した場合には、車両に搭載された大容量蓄電池で空気圧縮機(CP)の動作も可能です。

その他のブレーキ設備

空気ブレーキをかけた後、空気が漏れてもブレーキが緩まないようにする機械式ブレーキゆるめ防止装置を備えました(カム式ブレーキ装置)。また、転動時に主電動機の回路を短絡させ、非常に強力な電気ブレーキを作動させる「電機子短絡スイッチ」と呼ばれる非常スイッチも装備しましたが、これは主電動機を破壊するため、逸走を停止させる方法が他にない場合の最終手段として用いられます。

過速度検知装置 (OSR)

下り勾配通過時、速度を正確に測定し、速度が出過ぎると警報を鳴らしたり、非常ブレーキをかけたりする装置。

<電車と連結運転のための装備>

双頭型両用連結器

電車の密着連結器にも対応できるよう、双頭連結器を装備しました。連結運転時に機関車から電車の基礎ブレーキ装置を操作できるように、機関車のブレーキ管(BP)が連結器を介して電車のブレーキ管に接続されました。
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EF63補機同士の連結部 軽井沢方の連結器は電車との連結を考慮した双頭タイプ

各種ジャンパ連結器

多様な形式と連結する必要から対応する多様なジャンパ連結器を装備しました。この中には電車・気動車列車の運転士との連絡回線が含まれました。 EF63の機関士は常に麓(横川)側に乗務しているため下り(軽井沢行)列車は信号と前方の安全確認を押し上げ対象列車の運転士が担当するためです。

協調運転装置

EF63と同調して力行・抑速動作ができる協調運転機能を追設した電車(169系・189系・489系)が開発され、協調運転時の最大編成両数は12両に増強されました。電車側にも設置されたKE70形ジャンパ連結器を通じて力行・ブレーキなどの各種制御をEF63から行うとともに機関士と連絡が可能となった。EF63側では編成中全車協調運転対応車であることの確認・電動車の状態・横軽スイッチ(協調運転設定スイッチ)の確認が可能となりました。力行指令時には自車の主電動機を駆動させ、ブレーキ指令時には自車の発電ブレーキによる抑速ブレーキを使用し必要な力の一部を負担します。 電車側ではブレーキハンドルの抜き取りとマスコンキーのOFFをする必要がありました。万が一電車側でマスコンスイッチを投入した場合には制御信号が交錯するため非常ブレーキが作用するようになっており、非常制動操作は運転席に増設された車掌弁によるもののみとしました。
定格速度の違いから、電車側では並列段を使わず特急車両では直列制御3段目以降最終段まで常に70%、169系で直列最終段以降50%までの弱界磁制御を行い同調させました。

列車無線

EF62形と協調運転を行う関係上,EF63には当初から150kHz帯の誘導無線が装備されていましたが、この方式はトンネル区間を中心に雑音が問題となり、また横川機関区や駅との連絡を可能とするためEF63形とEF62形には1975年から沿線に敷設した専用の漏洩同軸ケーブルを使うUHF400MHz帯の列車無線を装備、第2エンド運転室側面と屋上にアンテナを設置しました。この無線には1980年代に入り異常時に他列車への連絡を可能とする防護無線の機能を追加、1990年以降は山岳区間での通信を確実にするために軽井沢側は運転席前に、横川側は助手席前に通称C'アンテナと呼ばれる八木アンテナ製のコーリニアアレイアンテナが取り付けられました。

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先行試作機 1号機について

製造:東芝
予算:昭和36年度第3次債務
製造年:1962年
廃車年:1986年(余剰廃車)

試験の結果、量産機から内部機器配置を変更したほか、中間台車の外側に装備されていた速度検知用遊輪が分岐器通過時に浮き上がるといった不具合を起こしたことから1963年に各部を量産機に合わせる統一改造を実施しました。それ以降にも連結器交換などの追加改造が行われています。外観上は前面窓上部のツララ切りが未装備でスカートや屋上機器の形状なども量産機とは異なっているほか、1972年に非常用蓄電池搬入口が量産車と同一形状に改造されるまでは側面通風フィルターの形状と配置が両側面とも左右対称でした。

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退役後は登場時の塗色に戻されて碓氷峠鉄道文化村で展示される1号機 2005/8/16

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2013年1月25日 (金)

1981/11 北陸へ 3 489系特急 その5 「白山」

今回は「白山」です。

白山と言えば、信越特急、碓氷峠、489系、金沢運転所(現:金沢総合車両所、以後金サワ)ということで、特急「白山」の歴史について触れる際には金サワの489系の歴史について避けて通れないと思います。

先日の489系「雷鳥」の記事で記述しましたように、製造当初は大ムコに配置されていた489系が初めて金サワに移管されたのは1973年4月のことでした。当時は0番台2編成と201編成が転属となり、その後、徐々に転属が行われました。

一方、特急「白山」の運転開始は1972.3.15のダイヤ改正で、当時大ムコに配置されていた489系を使って、「雷鳥」2往復と共通運用で運転が開始されました。

1972.11.25の改正で急行「妙向」を格上げする形で1往復増え、1973.10.1の改正で3往復体制となりました。

さらに「しらさぎ」の運用も1975.3.10のダイヤ改正から、金サワの受け持ちとなりました。逆に「北越」はこの改正で大ムコの受け持ちになりました。
この改正に備えて、1974.7に新製されたグループも加わり、489系12連 14編成が金サワに揃っています。

さらに1974年8月から1975年2月にかけて、485系が新製され金サワに配置されています。また仙センなどから転入もあります。

1975.3.10改正時のメンバー

485系
M485: 17, 214, 215, 216, 217, 218, 219, 220, 221, 222, 223, 232, 233, 234, 235, 236, 237, 238, 239, 246, 247, 248
M'484: 17, 316, 317, 318, 319, 320, 321, 322, 323, 324, 325, 329, 330, 331, 332,
333, 334, 335, 336, 343, 344, 345     (以上22ユニット)
Tc481: 303, 305, 306, 307, 308, 310, 318, 319, 320, 321, 322, 323, 324, 325, 326,327, 343, 344 (18両)
Ts481: 108, 109, 110, 111, 112, 113, 117, 118, 119, 120, 121, 131, 132 (13両)
T481: 16, 17, 18, 19 (4両)
Td481: 65, 66, 67, 75 (4両)

489系
M489:1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11, 12, 13, 14, 15, 16, 17, 18, 19, 20, 21, 22, 23, 24, 25, 26, 27, 28, 29, 30, 31, 32, 33, 34, 35, 36, 37, 38, 39, 40, 41, 42
M'488: 1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11, 12, 13, 14, 15, 201, 202, 203, 204, 205, 206, 207, 208, 209, 210, 211, 212, 213, 14, 215, 216, 217, 218, 219, 220, 221, 222, 223, 224, 225, 226, 227
(以上42ユニット)
Tc489: 1, 2, 3, 4, 5, 201, 202, 203, 204, 205, 301, 302, 303, 304, 501, 502, 503, 504, 505, 601, 602, 603, 604, 605, 701, 702, 703, 704  (28両)
Ts489: 1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11, 12, 13, 14, 15, 16, 17, 18, 19, 20, 21, 22, 23, 24, 25, 26, 27, 28  (28両)
T489: 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11, 12,201,202,203,204,251,252 (14両)
Td489: 1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11, 12,101,102 (14両)

となっています。

これらで組成された編成と運用は

TcM'MTsTsTdM'MTM'MTc (12連)×13 所要10(臨時+1) 489系 白山(3)、雷鳥(5)(臨時+1)、あさま(3)

TcM'MTsTsTdM'MTM'MTc (12連)×5 所要4 485系/489系混成 しらさぎ(5)

TcM'MTsM'MTc (7連)×5 所要3(臨時+1) 485系 加越(6)(臨時+2)、しらさぎ(臨時1)

ということで、14編成ある489系編成のうち、1本は485系(12連)編成グループに混じっていたことが分かります。

1970年代後半、「白山」が走る信越本線の新潟県南部地方は再三の豪雪に見舞われ、特に長野~直江津間は上り列車にとっては上り勾配がきつく、金沢を発車した12両(6M6T)編成が1ユニットカットの状態(4M8T)になるとこの区間の運行が不能になり、運休が再三発生したとのことです。

金沢発の上り「白山2号」でユニットカットが発生した場合、ほぼ同じ時刻に直江津~富山間を通過する上野発下り「白山1号」と車輌の交換し、ユニット不良の車輌は金沢に折り返し、上野発の車輌を上野に向かわせる措置もとられたそうです。こういったトラブルを避け、かつ後に「つばさ」用に開発された485系1000番台や181系「とき」の置き換え用に開発された183系1000番台で採用された3MG方式によるサービス電源の安定供給を確保するため、489系の編成替えが検討され始めました。

1978.7.1の時点では

489系12連グループからサシ、サハが抜かれ10連となり、

TcM'MTsTsM'MM'MTc×8 所要6 489系 白山(3)、あさま(3)

雷鳥」の運用は混成編成に移し、サシなし碓氷峠専用編成として、8本になりました。

一方で485系/489系混成グループは

TcM'MTsTsTdM'MTM'MTc×10 所要8 (臨時+1) 雷鳥(5)、しらさぎ(5)(臨時+1)

他との関係でサシを抜けない「雷鳥」の運用は混成編成に任せ、こちらを5本増やしています。
TcM'MTsM'MTc×5 所要3 加越(6) 7連組は変化がありません。
予備車 T×8 Td×8

1978年7月から9月にかけて大きな動きがあります。

(1)1976年春から運用され始めた「つばさ」用485系1000番台の運用が増えることとなり、サシを調達するためにサシ489-10,11,12、さらにサシ481-65~67が秋アキに転出します(2012/12/30, 12/31の記事に関係する記述を追記しました)。

(2)長大編成のサービス電源安定化のために中間のサロにMGを搭載し、編成全体で3MG方式とするためサロ489-1000番台1001~1010が新製され配置されます(1006だけは遅れて1979/3に配置)。

(3)盛アオから200番台クハ(222, 223, 227, 229)とモハユニットが2編成分6ユニット転入します。

(4)サロ481-110~113の4両がサロ183や189改造のため長ナノに転出します。

(5)サハ481-16~19が大ムコへ転出

これらの移動を受けて1978.10の改正時には

TcM'MTsTsM'MM'MTc×9 所要6 489系 白山(3)、はくたか(1)、あさま(1)

これまで大ムコの485系が担当していた「はくたか」が489系の担当に替わりました。その分、489系専用編成が1本増となっています。

TcM'MTsTsTdM'MTM'MTc×11 所要9(臨時+2) 雷鳥(3)(臨時+1.5)、しらさぎ(7)(臨時+1)

混成グループは1本減となっています。

TcM'MTsM'MTc×5 所要3(臨時+2) 加越(6)(臨時+1)、しらさぎ(臨時1)
予備車 T×3 Ts×1 Td×1

1979年4月1日時点での国鉄電車の配置と編成をまとめたJRR発行の「国鉄電車編成表」が手元にありますので、それから金サワの485系/489系の編成を書き写したファイル(「19790401_485_489.pdf」をダウンロード

)を作成しました。

それによると485系/489系混成編成グループにおいて485系で構成される編成の多くの付随車が489系であったことが分かります。

1979年3月から4月にかけては盛アオからクハ481-224,228と13モハユニットが転入します。これらのモハユニットを485系グループに加え、485系/489系混成グループから489系ユニットを捻出し、489系専用グループのMT比を6M4Tから8M4Tへアップしました。

これらの移動を受けて1979.4.25改正の時点では

TcM'MM'MTsTsM'MM'MTc×10 所要7 489系 白山(3)、はくたか(2)、あさま(1)

はくたか」が2往復になっています。

混成グループ、7連グループは同じです。
予備車 T×3 Td×1

1979/5にサシ481-75も秋アキに転出しています。

1979.7には「あさま」の担当がなくなりました。

TcM'MM'MTsTsM'MM'MTc×10 所要7 489系 白山(3)、はくたか(2)

1982年7月から11月にかけて

(1)「白山」の食堂車復活のために秋アキからサシ481が大量に転入します。61~63, 65~67, 75, 76, 81~83 さらにサシ481-83は489系に改造されサシ489-83に(サシ481-83は1978年7月に秋アキに転入した際にサシ489-12から改造されたもの)(2012/12/31の記事
これは1982年11月の改正で秋アキの485系1000番台の担当する「つばさ」「やまばと」「いなほ」において編成が12両から9両に短縮され、サシの連結が廃止され、捻出されたものです。

(2)クハ481-223, 228ほかモハ3ユニット、サロ481-108. 109は大ムコに転出します。

これらの移動を受けて1982.11.15のダイヤ改正では

TcM'MM'MTsTdM'MM'MTc×10 所要7(臨時+2) 489系 白山(3)(臨時+1)、北越(2)、雷鳥(1)(臨時+1)

「白山」の489系専用編成はサロ1両(489-1000: 3MG)、サシ1両の8M4T編成となります。上越新幹線の開業で「はくたか」は廃止となり、残り区間は「北越」となったため、「北越」に7年ぶりに489系が戻って来ました。「雷鳥」の運用も489系専用編成で復活しました。当時の時刻表では雷鳥3号(4003M)、雷鳥32号(4008M)がこの編成の担当だったようです。

TcM'MTsTsTdM'MTM'MTc×10 所要8(臨時+2) 雷鳥(2)、しらさぎ(7)(臨時+2)

こちらの雷鳥は8号(4018M),14号(4004M),25号(4007M),31号(4035M)がこの編成の担当だったようです。

混成編成は上記の大ムコ転出を受けて一本減となりました。

TcM'MTsM'MTc×5 所要3(臨時+1) 加越(7)(臨時+1)
予備車 T×4 Ts×10 Td×2

1983年8月から1984年2月にかけてサロ489-1000の新製投入で余剰となっていた489系基本番台サロの改造が始まります。東海道系の113系サロへの格下げ改造です。

サロ489-1,3,4,11,12 => サロ110-351, 353, 354, 357, 358
さらに-6, 8はそのまま 鹿カコへ、-251は門ミフへ

これらを受けて1984年2月の時点では

TcM'MM'MTsTdM'MM'MTc×10 所要7(臨時+2) 489系 白山(3)(臨時+1)、北越(2)、雷鳥(1)(臨時+1)

1984年2月から1985年4月にかけても489系中間付随車の改造は続き、

(1)サロ489-2,5,10 => サロ110-352, 355, 356
(2)サハ489-201,204,252は日根野に転出(これらはクハ480-9, 10, 11に改造され485系「くろしお」として活躍します。後日、485系「くろしお」について触れます)。
10,12は大ムコへ転出 
-11はクハ481-701に改造して配置(この車輌は昨日の記事で写真を載せています)
(3)モハ485 15ユニット、サシ481-81,82が大ムコ転出
(4)盛アオからクハ481-337が転入
(5)サハ489-7,9 =>クハ183-101, 102

これらの結果を受けて1985年3月14日のダイヤ改正では

TcM'MTsM'MM'MTc×13 所要10(臨時+1) 489系 しらさぎ(4)(臨時+2)、白山(2)、あさま(1)、そよかぜ(3)

1982年の改正で復活したサシは消え、編成は6M3T 9連化されましたが「あさま」の運用が復活し、あらたに「そよかぜ」を担当することで489系専用編成は13編成になっています。

TcM'MTsM'MTc×13 所要10(臨時+2) 加越(8)、しらさぎ(2)(臨時+1)、北越(4)(臨時+1)

485系/489系混成の12連編成がなくなり、金サワから「雷鳥」の運用が消えました。

1985年12月から1986年10月にかけても489系付随車の改造は続き、

サロ489-7,9,17,18,19,20, 21, 22, 24 => サロ110-359,360,361,362,1351,1352,1353,1355
サシ489-6,8,9 廃車
サハ489-202,203 福フチ転出
サハ489-5 新カヌ転出
サハ489-6, 8 => クハ183-152,151改造 松本転出
489系201~203編成(6M3T)長ナノ転出
サシ481-61,62,63,65,66,67,75,76 廃車
モハ485,484 ユニット-11,12 水カツより転入

といった動きがあり、
国鉄最後のダイヤ改正となった1986.11.1の改正では

485系
M485:11, 12, 136, 144, 160, 214, 216, 217, 218, 219, 220, 221, 222, 223, 232, 233, 234, 235, 236, 237, 238, 239, 246, 247, 248
M'484:11, 12, 239, 247, 262, 316, 318, 319, 320, 321, 322, 323, 324, 325, 329, 330, 331, 332, 333, 334, 335, 336, 343, 344, 345  (以上25ユニット)
Tc481: 222, 224, 227, 229, 303, 305, 306, 307, 308, 310, 318, 319, 320, 321, 322, 323, 324, 325, 326, 327, 337, 343, 344, 701(以上24両)
Ts481:117, 118, 119, 120, 121, 131, 132(以上7両)

489系
M489: 1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11, 12, 13, 14, 15, 16, 17, 18, 19, 20, 21, 22, 23, 24, 25, 26, 27, 28, 29, 30, 34, 41, 42
M'488:1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11, 12, 13, 14, 15, 201, 202, 203, 204, 205, 206, 207, 208, 209, 210, 211, 212, 213, 214, 215, 219, 226, 227 (以上33ユニット)
Tc489: 1, 2, 3, 4, 5, 204, 205, 301, 302, 303, 304, 501, 502, 503, 504, 505, 604, 605, 701, 702, 703, 704 (以上22両)
Ts489: 13, 23, 25, 26, 27, 28,1001,1002,1003,1004, 1005,1006,1007,1008,1009,1010 (以上16両)
Td489: 1, 2, 3, 4, 5, 7, 83,101,102 (以上9両)

編成的には

TcM'MTsM'MM'MTc×10 所要7(臨時+2) 489系 しらさぎ(4)(臨時+3)、白山(2)、北越(1)

TcM'MTsM'M(M'M)Tc×2 所要2 しらさぎ(2)

TcM'MTsM'MTc×11 所要8(臨時+2) 加越(8)、北越(4)(臨時+2)、白鳥(臨時1)
予備車 Td×9  

この改正の後、JR発足の1987年3月までに
クハ489-303, 703 大ムコ転出
サシ489-1,2,5,7,101,102 廃車
サシ489-83 長ナノ転出
クハ481-227,305,318,321,322,323,343 大ムコへ転出
クハ481-104,107,108,109,110,113,115,124,125 大ムコから転入
サシ481-67, 76, 75 復籍してスシ24-501, 503, 502へ改造

1992年3月14日:「白山」が1往復に削減。 なお、「白山」のエル特急指定は「あさま」との等間隔運転の一角を成していたため解除されず、「1往復のエル特急」となったまま廃止まで運行された。

1997年10月1日:長野新幹線開業に伴い、特急「あさま」「白山」が廃止。

489_4891
クハ489-1もしくは-2先頭の下り「白山」 鶯谷

489_4890
ボンネットタイプのクハでも-3以降はタイフォンはスカートから車体に移されました。日暮里

489_489501
クハ489-501 「白山」は常に乗車率の高い人気の特急であったと記憶しています。
1981年の北陸旅行も上野から「白山」で金沢入りしました。
489_489501
秋葉原の電留線で休むクハ489-503以降の編成

489_489200
尾久を通過する上り「白山」 200番台
489_489600_811126
金沢発7:07 上り「白山1号」 北陸で撮った「白山」の写真はこれだけです。

489_489300
1979年7月から1985年3月までの期間を除いて、「白山」の間合い運用で長野特急「あさま」にも489系が使用されました。なお、「白山」編成にサシが付いていた時代でも「あさま」運用では食堂車は営業してなかったとのことです。

489_489700
489_489300
EF63にサポートされ碓氷峠を下る「白山」 700番台 300番台

489_489200_850429
1985年3月のダイヤ改正で489系9連の編成が担当することになった「そよかぜ」 1985/4/29 上野

485系の製造時期さらにモデルチェンジの時期と重なってボンネット、貫通、非貫通タイプのクハを揃え、TcM'MTsTsTdM'MTM'MTc の12連14編成が製造された489系ですが、その歴史をこうやって追っかけてみると特急列車を運用する上での苦労がよく分かったような気がします。

当時の国鉄の財政事情も影響していると思いますが、当初からサシは1~14まで製造された分けではなく、サハも200番台改造がなされ1~4は欠番となっており、揃った14編成が共通のグループで運用されたこともないことが分かりました。

さらに長大編成としての機能維持のため、3MG化が進められサロは途中で追加新製の1000番台に置き換えられ、豪雪対策から6M方式から8M方式になるものの、1980年代になると短編成化の波に飲まれて中間付随車は系列を外れて格下げ改造され、食堂車も寝台特急の食堂車に改造されたものもありましたが、大半は廃車となり、JR化を前にして系列が崩壊していったことがよく分かりました。

本記事を纏めるにあたっては、国鉄特急車両 配置および運用の移り変わりのサイトのデータを参考にさせて戴きました。また489系の3MG化、8M4T化に関するエピソードはイカロス出版名列車列伝シリーズ17特急はくたか&北陸の485/489系の記事を参考に致しました。

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