2018年4月22日 (日)

さらばEF66 30号機

JR九州の811系の話題が続くなか、JR貨物のEF66の話題です。

先頃、高槻機関区のEF66 30EF66 27に連れられ、廃車回送されました。EF66 30号機はEF66基本番台の2次車として26号機から31号機までの6両が車体系川崎重工業、電気系富士電機のジョイントで東海道・山陽地区フレートライナー増発用の昭和48年度一次民有予算で製造されました。

新製時から全量産車とともに下関運転所に配置され、1985年3月14日のダイヤ改正では東海道・山陽の寝台特急「あさかぜ」「さくら」「はやぶさ」「みずほ」「富士」の牽引役も務めました。1986年11月1日のダイヤ改正では国鉄分割民営化に向けた配置で17-20、28、31-39、901号機とともに吹田機関区転属となりました。

Ef66_30_021221 2002/12/21 倉敷

Ef66_30_030507 2003/5/7 大宮

30号機、36号機、54号機そして27号機が最後まで原色で残っていましたが、1993年から2006年まで続いた内部機器の更新、側引き戸のステンレス化、前面ナンバープレートの装飾、前照灯間のステンレス飾り帯びの撤去工事で車体塗色が100番台と似た塗り分けとなりました。この塗色は退色し易い欠点があったようです。

Ef66_30_031210 2003/12/10 新大阪 第一次更新直後

Ef66_30_040508 2004/5/8 栗橋

Ef66_30_070224 2007/2/24 大船

2004年以降、初更新の54号機以降は現行の塗装である青15号、正面と車体裾部にクリーム色1号が配された塗装になり、国鉄職に近似したものになりましたが、一部からは「プラレレイル更新色」などと揶揄されました。

Ef66_30_100919_2 2010/9/19 尻手

Ef66_30_101210 2010/12/10 東淀川~吹田

Ef66_30_160903 2016/9/3 千里丘

以上が30号機の塗装変更の歴史です。

追記:4月に廃車かと思われた30号機、5月2日、広島工場で検査(全般検査?)を終えて、岡山機関区に回送されたそうです。まだ、同機の活躍は続くようです。

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2017年12月23日 (土)

黒磯~白河へ 東北本線の輸送体系の変化 その1

2017年10月14日、JR東日本のダイヤ改正では東北本線黒磯駅の交直切り替え設備廃止、直流一本化工事完了に先駆けて、旅客車両の運行形態を変更する改正が行われました。

2017年12月16日、ED75が現役の頃、そしてEH500がメインになってからも何度か訪問した黒磯駅と新たな輸送体制になった東北本線の黒磯~新白河~白河間を見るために青春18切符を利用して訪問しました。何回かのシリーズとして報告しようと思います。

171216 2017/12/16 黒磯駅に到着する列車内から

黒磯駅の歴史を見てみると、

1886年12月1日、日本鉄道の駅として開業、機関庫、保線区も開設
1906年11月1日、鉄道国有法により国有化
1909年10月12日、線路名称制定で東北本線の所属に
1921年4月11日、黒磯~白河間の路線変更、勾配緩和で補助機関車の運用廃止、黒磯機関庫は白河機関庫分庫に、11月14日、保線区は白河保線区に移転
1959年3月10日、東北本線電化工事で黒磯電力支区新設、3月16日、電化と交直接続に備えて、駅構内の線増、留置線新設工事完了、5月22日、宝積寺~黒磯間が直流電化、7月1日、黒磯~白河間が交流電化され、地上切り替え方式の交直流接続設備が設置

171216_2
進行方向の下り線には1968年のヨンサントウ改正に向けて設置されたデッドセクションが見えます。このセクション設置で車上切り替えで黒磯駅に停車せず通過する特急列車が増えました。また右手の線路群はかつての直流電機溜まりです。

Ef66_33_030517 2003/5/17 直流機溜まりで出番を待つ電機たち

Ed75_1010_030211 2003/2/11 交流機溜まりで出番を待つED75たち

171216_2_2 2017/12/17 交直切換断路器

030215 2003/2/15

交直流の切換指令を受けて下に箱形の機械が伝達棒を動かし、上にある切換機のナイフを90度動かして各線路の架線の交流・直流印加を切り替えるという非常にシンプルな方式です。ナイフが動いて電極に接触するとジーという音がします。

Ac_030215
出発信号機と入換信号機の間に設置されている信号機が地上切換の電源状態を示す信号機で縦に青色2灯の表示はDC印加状態です。

Dc_030215
AC印加状態になると赤色横2灯になります。

070520 2007/5/20

こういった運転切換要領が掲示されていました。

Ed75_90_060805_2 2006/8/5 重連で黒磯までの運用を終え、交流機溜に引き上げるED75

Eh50058_171216_2 2017/12/16 

Ef65_1059_030215_2 2003/2/15 交流機からバトンを受けて黒磯以南を牽引するEF651059

しかし、

①設備が老朽化してきたことや構内き電系統が複雑なため、2008年9月には作業員の感電死亡事故も発生したこと、
ED75の運用が終了し、EH500に統一されたこと、さらにEH500の青森以北の運用が無くなり、首都圏運用が拡大されたこと
等により、日本唯一の地上切換設備を廃止し、構内を直流化し、

171216_2_3 2017/12/16 黒磯発新白河行き列車からの前面展望

右手に見える交直切換セクションは5番線を通過する列車用に設けられたもの

新たに那珂川鉄橋の南側付近に新たなデッドセクションを設け、それ以南を直流、以北を交流化することにしました。

そういった工事が完了する前に、北側から黒磯駅に乗り入れていた交流車両(701系やE721系)は新白河駅止まりとし、黒磯~新白河間は勝田車両センター所属の常磐線に投入されているE531系の耐寒装備強化タイプの3000番台と郡山センターのキハ110系気動車が投入されることになりました。

12/28追記:黒磯駅構内の直流化、駅北方のデッドセクション設置工事は2018年1月1日から3日にかけて行われるそうで、この工事のため、早朝時間帯と深夜の時間帯に那須塩原~黒磯~新白河間の列車に運休等が発生するそうです。列車の運休時間帯にはバスによる代行輸送が行われるそうです(情報はこちらから)。

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2017年6月 9日 (金)

下関総合車両所一般公開 鉄道ふれあいフェスタ 2016 その6 HM展示 7 なは

2016年10月15日土曜日の下関総合車両所公開におけるHM展示、今回は「なは」です。 

Hn_161015_2
この列車は昨日の記事にも出てきましたが、客車寝台特急として運行されたのは比較的後からであり、スタートは昼行DC特急でした。

列車名の由来は沖縄の本土復帰を願い、琉球新報が「本土に沖縄名の列車を走らせよう」というキャンペーンで公募したもので、5211通の応募から「なは」「おきなわ」「しゅり」「でいご」「ひめゆり」の5つの候補から選出されました。

1961年10月1日のいわゆるサンロクトオのダイヤ改正で「おおぞら」「白鳥」「つばさ」「まつかぜ」「へいわ」などの特急がキハ82系でデビューしましたが、京都~博多間を客車で運行されていた「かもめ」もキハ82系とし、京都~長崎・宮崎の運行としました。

1965年10月1日のダイヤ改正で「かもめ」の宮崎編成を西鹿児島発着に変更し、食堂車は西鹿児島発着編成に連結し、宮崎発着は新設特急「いそかぜ」としました。そして、1968年10月1日のダイヤ改正にて、「かもめ」の西鹿児島発着編成を筑豊本線経由佐世保発着とし、長崎発着の編成にも食堂車が復活しました。西鹿児島発着の列車は「なは」として分離されました。「なは」は宮崎発着の「いそかぜ」を改称した「日向」を京都~小倉間併結し、運転を開始しました。

485_4810_1m_750306 1975/3/6 大阪 大ムコの485系 11連 「なは」

581_750306 1975/3/6 大阪 京都行き寝台特急「きりしま」

1970年10月1日、鹿児島本線全線電化完成で、「なは」は485系特急電車となり、「日向」との併結運転は取りやめられました。また、京都~西鹿児島間に581/3系による寝台特急「きりしま」が走り始めました。1974年4月25日には日豊本線の南宮崎まで電化が完成し、「日向」も電車化されました。

581
1975年3月10日のダイヤ改正で、昼行特急「かもめ」「なは」「日向」は廃止となります。寝台特急「きりしま」も廃止されますが、きりしまの運行区間の一部、新大阪~西鹿児島間に登場した寝台電車特急に「なは」の名前が与えられました。本来は「あかつき」のスジが「なは」になったのですが、1975年7月から沖縄で開催される海洋博を配慮して「なは」の名が存続されたようです。

581_801212
1978年10月2日のダイヤ改正では「明星」の京都発着列車が1往復廃止となり、「なは」の運転区間が京都~西鹿児島となりました。1980年10月1日のダイヤ改正では京都発着の「なは」が廃止され、「明星」の新大阪発着の列車が「なは」になりました。

Ed76_67_960329 1996/3/29 西鹿児島

1984年2月1日のダイヤ改正で「なは」は電車寝台から、客車寝台へ、24系25形での運行となりました。このときに九州内で初めて牽引機関車に「なは」のHMが装着されました。

Ef65_1093_000000__2 新大阪

1990年3月10日の改正では付属編成に普通座席車「レガートシート」を連結。

2425_24_301_920314 1992/3/14 新大阪

Ef65_1124_031211 2003/12/11 東淀川

Ef65_1126_050708 2005/7/8 新大阪

2004年3月13日、九州新幹線八代~鹿児島中央間が開通し、「なは」は熊本止まりに、2005年10月1日、利用客減少により、「あかつき」との併結運転に。

Ef66_42_080226 2008/2/26 千里丘

2008年3月14日、「なは」は廃止となりました。
こうやって見てみると、「なは」という愛称の列車は何度か廃止されているのですが、そのたびごとに同じ区間を走る別の列車の愛称に乗り移りながら「なは」という愛称が存続してきたのが分かります。

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2017年6月 7日 (水)

下関総合車両所一般公開 鉄道ふれあいフェスタ 2016 その6 HM展示 5 あかつき

2016年10月15日土曜日の下関総合車両所公開におけるHM展示、今回からは関西と九州を結んだ列車で行きます。

Ef58_77_750306_edit 1975/3/6 新大阪 未だ夜も明けきらぬ大阪駅に到着するEF58 77牽引
「あかつき1号」

関西から九州への寝台特急といえばなんといっても「あかつき」が挙げられます。今回の展示では「彗星」「なは」の単独HMと晩年に登場した「あかつき」との併結列車のマークはありましたが、「あかつき」の単独HMの展示はありませんでした。

「あかつき」の寝台特急としての登場は1965年10月1日のダイヤ改正で、新大阪~西鹿児島・長崎間に設定されました。このときにも20系は増備されています。

ナロネ21  120~125
ナハネ20  201~215
ナハネフ22 13
ナシ20    13~16
カニ21    15

これまでの20系客車はAS弁式空気ブレーキを使用しており、最高速度は95km/hに制限されていました。ヨンサントウのダイヤ改正でのスピードアップを目指して、このときに増備された車両からAREB空気ブレーキ(増圧装置付き電磁自動空気ブレーキ)が装備され、110km/hで運転した際に非常制動距離を600m以下に抑えることが可能となりました。従来車についても入場の際に同様の装備が付加されました。
一方でこの装備のため、高速で20系を牽引できる機関車はいわゆるP型(EF65500番台、ED731000番台、EF701000番台、ED75300番台、ED761000番台、EF801~20などの元空気ダメ引き通し管とブレーキ指令回路KE72ジャンパ連結器を持つ)に限定となりました。

1968年10月1日のダイヤ改正で、新大阪~西鹿児島・佐世保間に「あかつき」が1往復増発されました。従来の西鹿児島・長崎間の「あかつき」の長崎発着の編成が「はやぶさ」と共通運用になりました。

20_21_7410930 1974/9/30 西鹿児島に到着した「あかつき1号」 1974年秋の九州一周旅行が私の最初の20系乗車でした。

1972年3月15日のダイヤ改正で、新大阪~熊本・長崎間に「あかつき下り3/上り1号」が増発され、3往復体制に。あかつき下り1号、上り3号の車両は向日町運転所から品川客車区受け持ちとなり、「はやぶさ」と完全に共通運用化。このときは「さくら」「みずほ」の14系化でねん出された20系が転用されました。

1972年10月2日のダイヤ改正で新たに向日町に配置された14系(94両)により、新大阪~熊本間に「あかつき下り2号/上り3号」が増発され、4往復体制になりました。また既設の2往復も14系化されました。しかし、ダイヤ改正から約1か月後の北陸トンネル列車火災事故(1972/11/6)により、分散電源方式の14系は製造が中止となりました。この改正から関西~九州の寝台特急牽引機は元空気ダメ引き通し改造をしたEF58形(P)となりました。また長崎本線の浦上線の開業で約10分のスピードアップが実現しました。

1973年8~9月にかけて集中電源方式の24系24形が118両増備され、季節急行「雲仙」「西海」各1往復が「あかつき」に統合となり、「あかつき」は6往復体制となりました。新大阪~長崎間の「あかつき下り3/上り1号」と新大阪~西鹿児島間の「あかつき下り4号/上り3号」が24系となりました。

1974年3月には二段ハネ24系25形がデビューし、4月25日のダイヤ改正で24系25形が91両向日町に配置され、新大阪~熊本間に「あかつき」が1往復増発され、7往復体制となりました。このときの陣容は

21/22列車 新大阪~西鹿児島・長崎 20系 1/7
23/24列車 新大阪~西鹿児島 14系 2/5
25/26列車 新大阪~長崎 24系25形 3/1
29/30列車 新大阪~西鹿児島(熊本切り落とし) 24系 4/4
31/32列車 新大阪~佐世保 14系 5/3 門司まで彗星5/3と併結
33/34列車 新大阪~熊本 24系25形 6/2
35/36列車 新大阪~長崎・佐世保 14系 7/6

このときが「あかつき」の最盛期で、1975年3月10日のダイヤ改正では、長崎・佐世保線系統が「あかつき」、鹿児島本線系統は「明星」と整理され、3往復になりました。20系の運用はなくなりました。明星との併結運転がなされたのはこの時期でした。

Ef58_38 EF5838号機に牽引されて大阪駅に進入する24系25形「あかつき」
1975年3月改正以降はHMが省略された時代が続きました。

Ef65_1094_000000 大阪駅に到着する「明星・あかつき」併結列車

Ef65_1095_000000 高槻で停車中の向日町回送列車

1415_791221 1979/12/21 長崎 14系15形寝台客車

1978年10月2日のダイヤ改正では2往復となり、再び分散式電源方式の二段ハネ14系15形が「あかつき」2往復に投入されました。1986年11月1日のダイヤ改正では1往復が20系による臨時列車になり、佐世保編成に普通座席車オハ14が連結されました。

14_14_303_020322 2002/3/22長崎

1990年3月10日のダイヤ改正では高速バス対抗として「レガートシート」の連結、

Ef66_48_050708 2005/7/8 山崎

2000年3月11日のダイヤ改正では佐世保編成を廃止して、「彗星」との併結、2005年10月1日には「彗星」の廃止、

Dsc04317
Ef66_53_060620 2005/6/20 千里丘

なは」との併結、2008年3月15日、廃止に至りました。

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2017年6月 6日 (火)

下関総合車両所一般公開 鉄道ふれあいフェスタ 2016 その6 HM展示 4 あさかぜ

2016年10月15日土曜日の下関総合車両所公開、HM展示の4回目は「あさかぜ」です。

Hn_161015_4 永年の使用のためかかなり年季の入った「あさかぜ」HM

1956年11月19日
、東海道本線全線電化のダイヤ改正で「あさかぜ」は登場しました。当初、東京を夕刻出発し、関西は深夜、博多に朝到着するダイヤは大阪鉄道局から強い反発があったそうですが、同じダイヤ改正で関西始発の九州方面急行列車「玄海」「天草」を登場させること、京都、大阪、神戸にも停車し、客扱いすることで納得してもらったそうです。

Ef65_505_750925 1975/9/25 大井町~品川

登場時は一般客車の寄せ集め編成で、1958年10月1日の改正で20系客車の登場となりました。

昭和33年度本年度予算による20系の新製で37両が製造され、その内訳は (0番台は日本車両、50番台は日立製作所)
ナロネ20 1,2,51  
ナロネ21 1~3,51~53
ナハネ20 1~7,51~56
ナロ20   1,51,52
ナハ20  1, 51,52
ナハフ20 1,2,51
ナシ20  1,2,51
マニ20  1,51,52    でした。

1963年12月20日には東京~広島間の牽引機関車がEF58からEF60500番台に交替し、客車編成も15両に変更となり、電源・荷物車カニ21に続いてナロネ20、ナロネ22、ナロネ21x3、ナロ20、ナシ20、ナハネ20x5、ナハ20、ナハフ20と一等寝台車が集中する「殿様あさかぜ」編成となりました。1965年10月1日までにナロ20以外の全車寝台車化が完成しました。

Ef65_529_750305_2 東京から1000kmに及ぶロングランを終えて、下関に到着したEF65529牽引あさかぜ

1968年10月1日の改正では臨時列車として運行されていた「あさかぜ」が定期化され、2往復となります。

1970年10月1日の改正では東京~広島間を呉線経由で運行していた寝台急行列車「安芸」が格上げとなり、東京~下関(山陽本線経由)(下り3/上り1)号となりました。このときの増備が20系の最終増備となり、昭和44年度第4次債務負担で、39両が製造されました。その内訳は
ナロネ21  142~147
ナハネ20  344~364
ナハネフ22 24~26
ナハネフ23 18~20
ナシ20    27~29
カニ21    25~27           でした。
20系客車は1958年の誕生以来、479両が製造されました。

1972年3月15日の改正で東京~博多間の下り2/上り3号が14系寝台客車となりました。

20_20_750305 1975/3/5 あさかぜ編成中のナロ20 下関

14_741215 1974/12/15 東京 比較的短命だった14系「あさかぜ」 客車は「いなば・紀伊」に転用

1975年3月10日のダイヤ改正で14系客車のあさかぜが廃止され、2往復体制になりました。博多発着のあさかせ下り1/上り2号のナロ20形と全室個室寝台車ナロネ20形の連結が取りやめになりました。一方、下関あさかぜは「瀬戸」と共通運用化されました。

Ef65_1110_800103 1981/1/3 PF牽引「あさかぜ」

1976年8月、「あさかぜ51号」に24系25形寝台車が使用され、1977年9月28日、下関あさかぜ・瀬戸が二段ハネ化されました。1978年2月1日、博多あさかぜの20系も24系25形化されましたが、食堂車の新製は行わず、「はやぶさ」「富士」「出雲」の編成の食堂車を基本編成から付属編成に移すことで、車両を捻出し、対処しました。

Ef66_43_040501 2004/5/1 EF66 43牽引「あさかぜ」 品川

Ef66_45_040905 2004/9/5 海田市 オハネフ25 300 スハ25 300 組み込み下関あさかぜ

Hn_161015_5 こちらは最終列車用に新調したのか2005/2/28の日付入りHM

1994年12月3日の改正で博多あさかぜは臨時列車に格下げ、「あさかぜ81・82号」となり、2000年12月には廃止、2005年3月1日、下関あさかぜも廃止となりました。

「さくら」「みずほ」は九州新幹線に、「はやぶさ」は東北・北海道新幹線で復活しましたが、「あさかぜ」は寝台特急をイメージする名称ですので、今後の復活はあるのでしょうか?

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2017年6月 5日 (月)

下関総合車両所一般公開 鉄道ふれあいフェスタ 2016 その6 HM展示 3 はやぶさ 富士

2016年10月15日土曜日の下関総合車両所公開におけるHM展示、今回は「はやぶさ」「富士」で行きます。

Hn_161015
列車名としては1912年6月15日汐留~下関間に走り出した一等車、二等車のみで編成された特別急行列車1,2列車の列車愛称が公募され、1929年9月15日から「富士」と命名されたため、この名称が日本で最初の特急列車の愛称となりましたが、その後、1943年7月1日、特急列車は第一種急行となり、愛称も消えました。

Hn_161015_2

東海道線の東京~大阪にビジネス特急「こだま」が走り始めたときや東京~博多間に寝台特急「あさかぜ」がデビューした際にも「富士」の名称の復活は考慮されましたが、結局、1961年10月1日151系電車特急増発時に東京~宇野・神戸間の特急に名称が復活しました。

Ef65_505

1964年9月30日を以て東海道線の電車特急は新幹線に移行となり、「富士」の名称は昨日の記事にあるように、翌10月1日から「みずほ」の大分付属編成から独立した列車に使用されることになりました。

「富士」の20系化では従来、緩急車などに座席車が連結されていましたが、今回からは全車寝台車とすることになり、ナハネフ22形、ナハネフ23形が製造されました。さらに日立による20系の製造は中止されました。

Ef65_512_751009

一方、「はやぶさ」は東京~大阪間のビジネス特急名を公募した際に佳作として選定された名称で、1958年10月1日、東京~鹿児島間を運行していた夜行急行「さつま」を格上げする形で運行が開始されました。車両は「平和」と同編成の一般車両で組成された13両編成でした。
20系化は1960年7月20日からで、同時に運行区間は東京~西鹿児島となりました。

「はやぶさ」の20系化に当たっては、両用電源車カニ22形1,2,51,52が登場しました。ただこの電源車は重いため、はやぶさには使用されず、「さくら」に使用され、「はやぶさ」はマニ20、「あさかぜ」は新聞輸送指定列車のため、カニ21が使用されました。

1968年10月1日の改正で、博多駅で増解結を行っていた付属編成を長崎まで延長とし、西鹿児島編成と鳥栖で分割・併合としました。付属編成は「あかつき1/2号」と共通運用となりました。
1972年3月15日の改正で「さくら」「みずほ」が20系から14系客車になったことで、1人用個室付きA寝台車ナロネ22形を「はやぶさ」に転用し、基本編成も「あかつき1/3号」と共通運用となりました。しかし、個室寝台車の連結期間は短く、同年7月20日にはA寝台車は開放式ナロネ21形に変更となりました。

1975年3月10日のダイヤ改正にて、「はやぶさ」「富士」「出雲」は20系から24系24形3段寝台車に、さらに「はやぶさ」の付属編成は熊本までとし、「みずほ」が鳥栖駅で分割併合し、付属編成が長崎へ。

Ef65_1096_800103
1976年10月1日
の改正では「はやぶさ」「富士」「出雲」の客車が24系25形二段ハネ客車に。東京発着の寝台特急では初の二段ハネの投入でした。さらに1人用個室A寝台オロネ25形もこの時から連結されました。

Ef65_1112_810103
高速道路の整備、夜行高速バス路線の拡大に対する対抗策として、1985年3月14日の改正では「はやぶさ」にオハ24形700番台ロビーカーが連結されることになり、牽引定数の関係で東京~下関間の牽引機はEF65PFからEF66へと交替しました。

1999年12月4日の改正では利用者減により、「はやぶさ」は「さくら」と併結、1968年から1975年までの運行形態と同じになり、14系客車と24系客車の史上初の併結運転となりました。「富士」はこの列車と共通運用のため、15両編成となりました。

Ef66_42_040530
2005年3月1日には「さくら」が廃止され、「はやぶさ」は「富士」と併結となりますが、2009年3月14日、その併結列車も廃止となり、東京~九州を結んだ寝台特急は全廃となりました。「はやぶさ」の名称は「あさかぜ」が廃止された時点で継続年数1位になりました。

Hn_161015_3

Ef66_46_071217

その「はやぶさ」が復活したのは2011年3月5日からE5系で運用を開始した東北新幹線でした。宇都宮~盛岡間でE2系「はやて」「やまびこ」の275km/hを上回る320km/hでの営業運転を行い、東北新幹線の最速達種別の列車となっています。こちらは一般公募の結果、第7位で、一位「はつかり」、二位「はつね」、三位「みちのく」でしたが、親しみやすさとスピード感から選ばれたそうです。

E5_u4_111008_2 2011/10/8 大宮に到着するU4編成

H5_h1_170203_2 2017/2/3 大宮

JR北海道のH5系 北海道新幹線の愛称も「はやぶさ」となりました。

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2017年6月 4日 (日)

下関総合車両所一般公開 鉄道ふれあいフェスタ 2016 その6 HM展示 2 みずほ

2016年10月15日土曜日の下関総合車両所公開、HM展示第二弾は「みずほ」です。

Hn_161015
Ef65_503_741014 1974/10/14 東京
当時、下関機関区所属の503号機に牽引され、東京駅に到着した「みずほ
EF65 501~504は下関所属で東京機関区所属の機関車が台車検査のときにピンチヒッターとして寝台特急を牽引

Ef65_506 東京駅に品川からの回送列車が到着後、機回しで神田方面に向かう、506号機

Ef65_536 EF65 536号機 品川

Ef65_1101_791006 1979/10/6 EF65 1101号機

Ef66_55_850323

「みずほ」のHMは503号機のようなパターンと、この506号機のような鏡面パターン、536号機、PF、EF66の白基調のパターンと3種類あったように記憶しています。

1961年10月1日のダイヤ改正、キハ82系によるディーゼル特急がデビューした改正ですが、この時に東京~熊本間に不定期の客車特急として登場したのが「みずほ」でした。「あさかぜ」「さくら」「はやぶさ」の補完的性格の強い列車で客車も一般型旧形客車の寄せ集めでした。

1962年10月1日、定期列車に昇格、1963年6月1日20系客車が投入されました。編成の一部は大分行きとし、門司で分割併合、付属編成の門司~大分間には簡易電源車マヤ20が使用されました。

「みずほ」の20系化にあたっても系列内で設計変更等がありました。まずは今回の増備からナロ20形の製造が取りやめとなり、専務車掌室の配置が問題となりました。

解決策としてナロネ21形100番台を新たに起こし、従来の荷物保管室を給仕室にあて、給仕室を専務車掌室にしました(ナロネ21-101,102,151~153)

1964年10月1日、東海道新幹線開業のダイヤ改正で、大分編成は「富士」として独立、付属編成は博多で増解結となりました。1968年10月1日の改正で、全編成が熊本まで運行されるようになり、1972年3月15日の改正で、「さくら」「あさかぜ(2/3号)」とともに14系寝台客車に。1975年3月10日の改正では東京~長崎、熊本へ変更、鳥栖で解結となりました。

1994年12月3日、「みずほ」は廃止となり、東京~九州間寝台特急で最初の名称消滅となりました。

N7008000_r11_150802 2015/8/2 新山口 N700系R11編成による「みずほ603号」

「みずほ」本来の意味は「みずみずしい稲の穂」で、「瑞穂の国」は日本の美称、大阪でも「瑞穂の国、○○○○記念小学校」なんて学校が出来そうになりましたが、2011年3月12日の九州新幹線鹿児島ルート全線開業で、山陽・九州新幹線直通の最速達列車の愛称として「みずほ」が復活しました。

2017年3月4日改正のダイヤにおける停車駅は新大阪駅・新神戸駅・岡山駅・広島駅・小倉駅・博多駅・熊本駅・鹿児島中央駅に全列車が停車し、一部列車は姫路駅にも停車となっています。

もともと大阪~鹿児島間は飛行機利用が多く、JRのシェアは数%でしたが、九州新幹線開業後はビジネス客の取り込みを図り、2~3割のシェア獲得を目指して設定されました。

公募では無くJR九州内での名称決定、上記のような寝台特急時代の列車の格のイメージ、鹿児島には縁がなかった列車名称などから、最速列車名が「みずほ」と発表された際にはかなり不快感が漂ったのも事実でした。

開業時は朝夕の4往復運転から始まり、2012年3月17日の改正で1往復増発、徐行区間の解除で所要時間を短縮、2013年3月16日の改正でさらに1往復、2014年3月15日改正でも1往復増発、姫路駅停車の列車が加わりました。

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2017年6月 3日 (土)

下関総合車両所一般公開 鉄道ふれあいフェスタ 2016 その6 HM展示 1 「さくら」から「さくら・はやぶさ」へ

2016年10月15日土曜日、下関総合車両所の公開、最後はEF651124号機に装着させるために並べられたHMについてです。

こういったイベントにおいてかつて寝台特急列車牽引機に装着されたHMは尾久車両センターの公開(1, 2, 3 4)でもありました。今回のHMは東海道・関西系ブルートレイン等の西へ向かう列車のものでしたので、再び取り上げようと思いました。

Hm_161015
まずは通称「葉桜」と呼ばれたバックが緑の桜です。

寝台特急「さくら」の登場は1959年7月20日、「平和」を名称変更しての登場でした。このときに20系客車化されています。

「さくら」の20系化にあたり、20系客車に新形式が登場しました。
「あさかぜ」登場の際は個室寝台車はナロネ20形日本車両製1,2、日立製作所製51、プルマン(開放式)二等寝台ナロネ21形1~3,51~53でしたが、中央に喫煙室を配置してナロネ20形の1人用個室6室とナロネ21形の開放式寝台16名分を設置したナロネ22形1,51,52。
基本編成は東京~長崎、付属編成は東京~博多のため、基本編成最後尾の緩急車としてナハフ21形緩急室付座席車1,2,51,52。後位にはナハ20形同様に売店が設置されました。
新聞輸送需要の増大に対処するため、荷物室の荷重を5tにした荷物車カニ21形1,51,52.

14系客車化されたのは1972年3月15日の改正からでした。

Ef65_542_750305_2 1975/3 下関 EF65 542

Ef65_535_2 東京 回送列車牽引して到着、機回しへ EF65 535

牽引機がEF65PFになったのは1978年7月からでした。

Ef65_1109_000000 品川 EF65 1109

EF66への牽引機交代は1985年3月からでした。

Ef66_42_850323 1985/3/23 東京 EF66 42

私はEF65500P以前の「さくら」は見たことがありませんが、P, PF時代の「さくら」は上の写真のようにピンクの地に白い花弁、もしくはその逆のパターンで葉桜はEF66牽引になってから見たように思います。

Hm_161015_2
Ef66_49_040501
2004/5/30 大井町 EF6649 「さくら・はやぶさ

1999年12月4日
、佐世保編成が廃止され、「はやぶさ」との併結運転が開始されました。

2005年3月1日、「さくら」は廃止となりました。

N7007000_s7150802_2 2015/8/2 新山口 停車のため入線するN700系7000番台 S7編成

N7007000_s14_120605 2012/6/5 博多

2011年3月12日の九州新幹線鹿児島ルートの全線開業で山陽新幹線と九州新幹線の直通運転が開始され、「さくら」は新大阪~熊本・鹿児島中央間を直通する列車、九州新幹線内で完結する速達列車の愛称となりました。

「みずほ」が同区間の最速達列車、東海道・山陽新幹線の「のぞみ」に対応する列車とすれば、「さくら」は「ひかりレールスター」に対応する列車との位置づけだそうです。

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2017年1月 9日 (月)

高崎鉄道ふれあいデー2016 その2 EF66 27

2016年10月29日、毎年10月の下旬の土曜日に開催される「高崎鉄道ふれあいデー」のイベント、個別トピックの二つ目はEF66 27号機で行こうと思います。

Ef66_27_161029_2 2016/10/29 高崎

まず、沖田祐作氏の機関車表データから履歴を確認しておきましょう。

EF6627      川崎重工兵庫工場=507/= 富士電機      1973-08-15 E100.8tBBB(1067)
   車歴;1973-08-15 製造→ 納入;国鉄;EF6627→ 配属;中国支社→1973-08-15 配置;下関→
      1973-10-01 使用開始→1984-02-04(2/3?)吹田→
      1987-04-01JR 貨物;EF6627→ 配置;吹田機関区→1995-04-01 現在;吹田機関区→
      2006-09-29 現在;(広島工場更新);吹田機関区→2008-04-01 現在;吹田機関区

1973年8月15日、川崎重工と電気関係は富士電機のジョイントで落成してます。新製配置は下関で11年後に吹田に移り、以後そのまま吹田機関区所属となっています。

Ef66_27_770319 1977/3/19 瀬野~八本松

最初の出会いは1977年3月に初めて瀬野八を訪問したときに短編成の上り貨物列車を補機無しで牽引する姿でした。新製後、4年だったのですね。

Ef66_27_030328 2003/3/28 新大阪

それから、しばらくの間は興味が鉄道から航空機に移った時期もあり、27号機に再会したのは2003年でした。
その時は運転席の部分の屋根に大きなエアコンを積んでおり、不格好だなと正直感じました。

Ef66_27_031209 2003/12/9 東淀川

Ef66_27_040717 2004/7/17 八丁畷

Ef66_27_040905 2004/9/5 広島

まだこの頃は11号機や14号機など原色機も存在しており、頭に「弁当箱」を載せた27号機はそれ程、人気の機関車ではないと感じていました。

Ef66_27_060325 2006/3/25 間々田~小山

Ef66_27_060621 2006/6/21 山科

そうこうしているうちに原色の僚機が更新色になったり、廃車になってゆき、原色のまま活躍するのは27号機のみになりました。2009年9月に27号機も更新されますが、最後の原色機と言うことで、「プラレール更新色」と言われた第二次更新塗装にはならず、原色スタイルを極力残した更新となりました。

Ef66_27_061203 2009/12/3 鶴見

Ef66_27_070304 2007/3/4 富士

Ef66_27_070624 2007/6/24 西浦和

Ef66_27_080906 2008/9/6 清洲

Ef66_27_100917 2010/9/17 古河~栗橋

それ以来、EF66 0番台の代表的機関車として、その運用は注目され、行く先々でカメラの砲列に相対するスター機関車となり、

Ef66_27_130505_5 2013/5/5 東京貨物ターミナル

イベントでもよく展示される機関車となりました。

Ef66_27_160527_4 2016/5/27 新川崎

これからも走れる限り、活躍して貰いたい機関車です。

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2016年11月 1日 (火)

高崎鉄道ふれあいデー2016 prologue

先日の記事でも触れましたが、10月29日土曜日は高崎駅傍で開催された「高崎鉄道ふれあいデー」に参加して来ました。2014年以来、2度目の参加となります。

Poster_161029 高崎駅に貼ってあったポスター

2016 入場の際に配られた冊子状のパンフレット(表と裏の表紙)

中は8枚の白紙が綴じこまれており、スケッチや見学で説明を聞いた際のメモにとのことでしょうか。

4_161029_2 いつものように高崎駅を背にした留置線に機関車が並びました。

今回は向かって左からEF6627号機、D51498号機、EF6019号機、EF65501号機でした。

なんといっても最大の目玉は現在は高崎までやってくる運用が無いにも係わらずJR貨物のEF6627号機が配6795レでEF210-173の次位で高崎まで回送され、参加となったことです。あとの3両は地元高崎所属のJR東日本の機関車ですが、吹田区所属のEF66しかも原型に極めて近い27号機が混じっているのはファンにとっては嬉しいことです。

Eh5007_161029

Eh2001_161029_2
さらにこのイベントでは初めてだそうですがEH500とEH200が展示されました。

Dd51_842_161029_5
Dd51_842_161029_2
入り口付近にはDL碓氷のHMを掲出したDD51842号機(お召指定機)が12系客車を牽引するスタイルで展示されていました。

115_t1146_1151201_161029 また115系T1146編成も休憩所として開放されていました。

車両の数的には2014年の方が多かったように感じますが、好天にも恵まれ盛況でした。

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